2024年2月29日

卒業式の権威主義

 

 フェイスブックが「過去のこの日」などといって、何年か前の今日の投稿を表示してくれるのですが、そうか、今年も卒業式の季節ですね。子の卒業式に出席した日の投稿をこのブログにも再録しておきます。


 子の卒業式に出席してきました。コロナの感染防止ということで、生徒ひとりにつき保護者は1名までの出席ということで、今回は私がひとりで出てきました。

 毎度のことなのですが、開始そうそう「ご起立ください」と言われて起立すると突然テンスケをたたえる歌が流れてきたので、着席しました。戦争犯罪者とその地位を後継する一族が千代に八千代につづきますようになどというふざけた内容の歌を、500人ぐらいいる会場で(たぶんひとりだけ)すわって聞かされるという苦行に。

 校長は式辞にあたって壇上にあがると高いところにかかげられたクソ丸に真っ先に一礼するなど、なかなかスゴいものを見せられました。

 せっかくの祝福の儀式なのにこういうおかしなものを持ち込むのはやめてほしいよね。

 ほかにもひどく権威主義的な形式があちこちにみられて、いままでみた入学式・卒業式でもここまでのはみたことないという感じでした。根本には侵略戦争や植民地支配への無反省ということがあるのでしょうが、維新府政が続いていることでの教育の荒廃がすすんでいることのあらわれをみるような思いもしました。


 君が代を歌ったり日の丸をかかげたりという行為は、それ自体が侵略国家の国民の居直りとも言うべきで、悪質きわまりないものです。さらに、これを大人たちが権力をもって、さまざまなルーツをもつ子どもたちのいる学校という場所で強制しているということのろくでもなさ。今年もおなじ光景が、全国各地の学校でくり返されているのだろうということを思うに、あらためて慄然(りつぜん)とします。

 数年前に出席した卒業式(高校)では、上に書いたとおり、校長は壇上に上がるなり、まず日の丸に一礼をしました。卒業生たちやその保護者たちにではなく、来賓にむかってですらなく、一番先に頭をさげたのが日の丸に対してだったのです。

 この人は日々どこを向いて教育をやってるんだろうかと思いました。たかが儀礼的な様式じゃないかと言われれば、まあそうでしょうが、こうした儀礼的なふるまいが象徴している教師の日常や思考というのも、軽くみるべきではないとも思います。

 このときの卒業式では、卒業生の読んだ答辞は、内容としては心のこもったすばらしいものだと感じたのですが、儀式の形式がその内容とそぐわない残念なものになってしまっていました。卒業生はステージの下に立ち、壇上の校長にむかって、つまり校長をあおぎみるかっこうで答辞を読み上げる、という形式だったのです。

 校長の日の丸拝礼にしても、あおぎみての卒業生答辞にしても、これらは権威主義にほかなりません。だれが上位でだれが下位なのかを決め、その上下関係を目に見える形で表現するという儀式であるわけです。教師は生徒より上位であり、教師のなかでは校長が最上位にあり、しかしその校長より上位に日の丸が位置している。そういう上下関係を、あるべき秩序として維持しなければならない。こんな規範・価値観を儀式として表現する場にさきの卒業式はなっていたということです。

 こういう儀式への参加を学校教育の場などでくりかえし強いられると(私自身そういう教育をみっちりと受けてきたわけですけど)、それぞれが平等な立場から組織や共同体に参加し、いわば民主的に合意形成をはかっていく、みたいな能力や意思は破壊されちゃいますよね、と思います。破壊されたものを取り戻していくということを意識的にやらざるをえなくなる。これはなかなか難儀なことです。


2024年2月10日

差別は正しく「差別」と呼ばなければならない

  政府が、永住者の在留資格について、税金や社会保険料を納付しないケースなどで在留資格を取り消せるよう入管法を改悪する検討をしているとの報道が出ています。

税や保険料を納めない永住者、許可の取り消しも 政府が法改正を検討:朝日新聞デジタル(2024年2月5日 15時49分)

 記事の冒頭段落だけ引いておきます。


 政府は、「永住者」の在留許可を得た外国人について、税金や社会保険料を納付しない場合に在留資格を取り消せるようにする法改正の検討を始めた。外国人の受け入れが広がる中、公的義務を果たさないケースへの対応を強化し、永住の「適正化」を図る狙いだ。


 「適正化」ですって……!

 だれがそう言ったんでしょうか? 法務省か入管庁の役人の言葉なのでしょうけど、どういう意味で「適正化」などと言えるのか。「税金や社会保険料を納付しない場合に[永住者の]在留資格を取り消せるようにする」ことを「永住の適正化」と称するセンスには、驚愕(きょうがく)するほかありません。明白な差別ではないですか。

 これを報じる朝日新聞の記事では、「永住の『適正化』」と一応はカギカッコをつけてはいるものの、それを「適正化」なのだとする役人の言い分を、無批判にまとめるだけの記事になっています。カギカッコをつけるだけでごまかさずに、政府がもくろむ法改定が差別だということを指摘すべきではないでしょうか。

 当然ながら、「税金や社会保険料を納付しない場合」には、日本人であれ外国人であれ、おなじペナルティが科されることになっているわけです。滞納すれば督促状が送られてくる。それでも払わなければ延滞金を請求されます。預金や不動産など財産を差し押さえられることもあります。

 政府が「永住の適正化」と呼ぶ施策は、こうしたペナルティにくわえて、外国人の場合にのみ、さらに重ねてべつのペナルティをも科すということです。しかも、それは永住者の在留資格を取り消すという、きわめて重い不利益処分です。

 税金や社会保険料の未納・滞納という同一の行為について、特定の属性の住民にだけ特別に重いペナルティを科すのは、「差別」と呼ぶべき行為です。これを「永住の適正化」と言い表すのは、侵略を「進出」と呼び、敗走や撤退を「転進」、裏金作りを「収支報告書への不記載」と呼ぶのにも似た欺瞞(ぎまん)です。差別は正しく「差別」と呼ばなければなりません。

 さて、これも当然の話ですが、税や社会保険料をげんに負担しているのは、日本国民だけではありません。永住者の在留資格をもつ人もふくめ、外国人住民も、税や社会保険料の負担者です。その意味でも、日本社会は外国人をふくめた住民によってささえられているのであって、日本国民もそうした社会でささえられ生きているわけです。こうした認識からは、外国人の滞納者にのみことさら重いペナルティを科そうなどという、いまの政府のような発想がでてくるはずはありません。

 対して政府の発想は、「外国人が義務をはたさないために、国民が(日本人が)迷惑や過度な負担をこうむっている」という虚偽の、かつ差別的な認識に根ざしたものです。ここで「外国人が/国民が(日本人が)」という単純化された対立軸が設定されて、さらにマジョリティである「国民(日本人)」がいわば被害者側に位置づけられるという思考が、まさに差別的なのです。「在日特権」「逆差別」といったたわごととまさに同じ構造です。

2024年1月21日

ヤフーニュースのコメント欄と入管と

 

 1か月以上前の報道ですが。


【茨城新聞】不法滞在31年 容疑で85歳の韓国人逮捕 茨城県警水戸署(2023年12月9日(土))

31年間にわたり茨城県内で不法滞在を続けていたとして、県警水戸署は8日、入管難民法違反(不法残留)の疑いで、韓国籍の水戸市、無職、女(85)を逮捕した。

逮捕容疑は、在留期限が1991年12月末だったにもかかわらず、更新や変更を受けないまま、不法に残留した疑い。同署によると、容疑を認めている。同署員が8日、同市内で職務質問して発覚した。


 このかた、日本での暮らしがすくなくとも31年以上ということで、しかも在留期間が切れてからはおそらく一度も日本から出ていないのでしょうから、いまさら韓国に帰れと言われても相当にこまるのではないかなと想像します。

 上にリンクしたのは、茨城新聞のサイトなのですけれど、同じ記事は「Yahoo!ニュース」にも掲載されており、いつものごとく差別・排外主義にまみれたコメントがたくさんついています。「Yahoo!ニュース」については、私は前にこちらのブログ記事にも書いたとおり、リンクを貼らないことにしているので今回もリンクはしませんが、まあひどいものです。強制送還しろとのコメントがいくつもならんでいます。

 それらのコメントに共通するのは、自身の排外主義的な主張の盾(たて)として「法」を語っているというところです。日本は「法治国家」であるとか、「法は曲げられない」だとか、「不法」行為をおかした本人のせいなのだとか、いわば「法」を言い訳にするかたちで、強制送還すべき、あるいは強制送還するしかないのだというのです。

 また、こうした強制送還すべきと主張する言説の多くは、自身の主張を「法」に根拠を置く、いわば理性的なものと自負しているらしい一方で、自分と反対の立場の主張は「かわいそう」といった同情にもとづく感情論と決めつけているのが特徴的です。「強制送還に反対する者はかわいそうだなどと言うが、情で道理を曲げるわけにはいかない。日本は法治国家なのだから、不法滞在者は法を厳格に適用して強制送還すべきである」というわけです。

 なんだか、こういう「情」というものの価値を低くみたうえで、これに流されずに道理を通す理性的なオレ、みたいな自意識は、イヤなものです。こういう人間にはなりたくないなあ、ならないように気をつけよう、と思います。

 さて、Yahoo!ニュースのコメント欄やツイッターなどで排外主義言説をまきちらす右翼たちは、しばしば「不法滞在者は強制送還するのが法の正しい適用」「不法滞在者の在留を認めるのは法を曲げること」という前提で語ります。しかし、この認識は、入管法の理解としてもだいぶずれており、まちがっているように思います。

 現行の入管法では、たしかにいわゆる「不法残留」などを退去強制事由として規定しています。しかし、本人が在留を希望した場合、法務大臣がこの人の在留を特別に許可するかどうかの判断をしなければならないということも手続き上さだめられています。さきの報道の水戸市の女性についても、入管局の審査において不法残留であるとの認定がなされたとしても、本人が希望すれば、「違反」の事実以外の要素もふくめたもろもろの状況をみて在留特別許可をするかどうかの判断が、手続き上一応はなされるはずです。

 つまり、現行入管法においてさえも、いわゆる「不法滞在者」(クソな言葉だわ)を、必ずすべて送還しなければならない、あるいは送還できるという前提には立っていません。人道的にみて送還すべきではないということもあると想定されているからこそ、在留特別許可という措置が用意されているのでしょう。

 その意味で、「不法滞在」「不法残留」「不法入国」といった言葉をみると、「日本は法治国家だ!」「強制送還すべきだ!」となどとYahoo!ニュースのコメント欄などに書きこまずにはいられない右翼諸氏の主張は、本人たちがおそらく自己認識としていだいているようなイメージとは、正反対のものだということです。つまり、この人たちは、感情論とは対極にある冷静で理知的な議論を法の正しい理解にもとづいておこなっているつもりらしいのですが、実際のところは排外主義的な俗情をたれながしているにすぎない。

 しかし、いっそう深刻なのは、行政機関たる入管の役人たちの思考も、こういう右翼たちのそれとへだたってるとは思えないことです。たとえば、先日このブログで言及した*1つぎの事例などをみたときに。


「うれしいし驚きも」タイ人の母親のもとで日本で生まれた高校生と中学生の姉弟に在留特別許可 これまでは在留資格なく「仮放免」 | SBC NEWS | 長野のニュース | SBC信越放送(2023年12月26日(火) 12:09)


 報道されている在留の認められたきょうだいは、17歳と15歳です。このケースについて、入管は17年ものあいだ、日本生まれの未成年者を在留資格のないまま、また強制送還の対象としたまま、放置してきたわけです。人道上の配慮として在留を許可するという措置があるにもかかわらず、その措置をとらないという不作為を入管は17年間続けてきたのです。

 この不作為は、法にのっとった結果であるとか、あるいは現行制度のせいであるとか、のみ言うことはできません。在留を認めるという措置が可能でありながら、その措置を17年間にわたりとらなかったという入管の選択の結果なのです。それは「法」の必然的な帰結ではなく、それを選択した意思の帰結です。

 そして、今回、このきょうだいが在留を認められたのは、昨年8月に法務大臣が発表した特例的な政府方針、在留が長期化した子どもに対して、家族一体として在留特別許可をするという方針にもとづくものです。ところが、この長野県の家族のケースでは、在留が認められたのは子どもたちだけで、母親はまだ認められていません。「家族一体として」という方針を打ち出しながら、親子を分離するような措置をおこなっている。

 この入管の役人たちの不作為という選択から感じられる、暗い情念はいったい何なのでしょうか。それは、Yahoo!ニュースに排外主義的なコメントを書きこんでいる者たちの主張と、入管のとっている行動は、そうへだたっていないどころか、ぴったりと重なっているようにみえます。

 注でリンクした記事でも紹介しましたが、未成年の仮放免者とその家族に在留特別許可をせよと求める署名が呼びかけられています。署名は現在もひきつづき募集中です。


オンライン署名 ・ 日本に生まれ育った未成年の仮放免者とその家族に在留特別許可を! ・ Change.org




2024年1月8日

民主主義と災害


  年あけてそうそう元日に能登で大地震。だが、岸田首相はじめ自公政権の救助や被災者支援の動きがおどろくほどにぶい。被災者に無関心、ほとんど興味がないのだとしかみえない。

 岸田らが救助や被災者支援に本気で取り組む気がさらさらないのだということを示す例は枚挙にいとまがないが、一例をあげれば、つぎのニュース。


【速報】岸田首相は能登半島地震の物資支援のため9日に予備費使用の閣議決定を行うと表明した:時事ドットコム(2024年01月04日11時59分)



 この報道が1月4日(木)で、1日(月)の発災からすでに3日近く経過している。で、予備費使用を決める閣議をひらくのはさらに5日後の9日(火)まで待つのだそうだ。

 岸田らが、倒壊した建物の生き埋めになった住民や、避難所で寒さと飢えにされされている被災者に同情するような人間ではないのは今さらおどろかない。しかし、救助や支援をやる気がほとんどないことを隠そうともしない、やってるふりすらもはやしないのは、どういうことだろうか。それはそれでも自分らの権力や地位はおびやかされることはないと、たかをくくっているからだろう。

 こうした岸田らの態度をみながら、ずいぶん前に読んだアマルティア・センの文章を思い出した。そのなかに、飢饉と民主主義について述べられた、非常に印象深い一節があった。

 センは「世界の悲惨な飢饉の歴史の上で、比較的自由なメディアが存在した独立民主国家にあって、本格的な飢饉が発生した国は一つもない」として、以下のように述べる。


 飢饉は、自然災害のようなものとしばしば結びつけられてしまいます。たとえば、「躍進」期の中国に発生した大洪水、エチオピアの旱魃(かんばつ)、北朝鮮の凶作といった自然災害を、飢饉の単純な説明としてしまう論評がよくあります。しかし、実際には、そのような自然災害やもっとおそろしい災難に見舞われた多くの国々ですら、飢饉は起こっていないのです。なぜならば、それらの国々には、飢えの苦痛を軽減するために迅速に行動する政府が存在しているからです。飢饉の最初の犠牲者は最も貧しい人々ですから、たとえば、雇用計画などを立案して、飢饉の犠牲になる潜在的可能性の高い人々のために、その食糧購買力を高める新たな所得を創出すればよいのです。そうすれば、餓死は防止できます。1973年のインド、1980年代初頭のジンバブエやボツワナといった、世界で最も貧しい民主主義国ですら、実際に深刻な旱魃や洪水やその他の自然災害に見舞われた時には、食糧供給を行って飢饉の発生を被らずにすんだのです。

 飢饉は、それを防止しようという真剣な努力がありさえすれば、簡単に阻止できるものなのです。民主主義国家では選挙が行われ、野党や新聞からの批判にもさらされるので、政府はどうしてもそのような努力をせざるをえません。イギリス支配下にあったインドにおいて、独立直前まで飢饉が絶えることがなかったのも、当然でした。最後の飢饉が起こったのは、独立の4年前の1943年でしたが、当時子供であった私はそれを目撃しました。独立後のインドに、自由なメディアがあらわれて、複数政党制による民主主義体制が確立されると、飢饉は突然止んで二度と発生しなくなりました。

 実際には、飢饉の問題は民主主義がその本領を発揮するほんの一例にすぎませんが、多くの点で最も分析しやすいケースだと言えます。政治的・市民的権利は経済的・社会的破局の防止に、積極的な役割を果たすことができます。物事が順調に運び、すべてがいつものように滞りない状態にある場合には、民主主義が手段として果たす役割が切望されることはあまりないかもしれません。しかし、何らかの理由で、状況が急変するような場合には、民主的な統治が生み出す政治的インセンティヴが大きな実践的価値を持つのです。

アマルティア・セン『貧困の克服』(大石りら訳、集英社新書、2002年)


 もちろん飢饉と震災はおなじにあつかえないところもあるだろう。しかし、いま私たちが目にしているのは、まさしく「民主的な統治が生み出す政治的インセンティヴ」の欠如のために、「真剣な努力がありさえすれば」死なずにすんだはずの人間が殺されつつあるという状況だ。

 少しでも犠牲をなくすために必要なのは、自由なメディアであり、批判的な野党であり、自由で批判的な言論である。大きな災害などが起きたときには、権力に迎合的な言論がますます大きく強くなる傾向があるものだが、「非常時だから政府批判・与党批判はひかえよう」といった姿勢は、被害をおさえるということとは真逆の結果をもたらす。


 さて、冒頭でみたような、住民たちが倒壊した建物の生き埋めになっているのを首相らが平然とほったらかしているという事実が示しているのは、「民主的な統治が生み出す政治的インセンティヴ」がぜんぜん働いていないということであり、それは日本において民主主義が機能していないということにほかならない。

 センはおなじ文章のなかで、「民主主義とは正確にはいったい何なのでしょうか」という問いをたてて、つぎのように述べている。民主的な統治がなされているとみなされることのある日本の民主主義が、実際のところどれほど機能していると言えるのか、点検し考えなおすためのひとつの目安として、最後に抜粋しておきたい。


 民主主義とは正確にはいったい何なのでしょうか。私たちは、多数決原理が民主主義であると考えるべきではありません。民主主義がしっかり機能するためには、多くのさまざまな要求が満たされなくてはなりません。その中には、もちろん投票や選挙結果の尊重などが含まれますが、自由を守ること、法的権利や法的資格が尊重されること、自由な議論が交わされること、公正な意見と情報が検閲なしに公表されることなども保障されていなくてはなりません。選挙においては、反対陣営がそれぞれの主張を述べる十分な機会がなく、有権者が情報を得る自由を享受して対立候補たちの政見についてよく考えることができなければ、それはまさしく欠陥選挙といわなければなりません。民主主義は、さまざまな要求が満たされなければならないシステムで、多数決原理のような機械的な条件だけを切り離して採りいれているわけではないのです。

2023年12月30日

未成年仮放免者への在留特別許可について 特例措置を「特例」たらしめているもの


  日本の入管体制は、いわば「あべこべな世界」とでも言うべきものです。そこでは、「異常」としか言いようのないことがらが「普通のこと」としてまかりとおっている。「当たり前」のようにおこなわれていることは、ことごとく「おかしい」。そういう世界です。

 入管に関するニュースに接するとき、私たちはそこで報じられた出来事が「ニュース」、すなわち新奇な出来事として報じられるということの異常さに、しばしばめまいのような感覚をいだくことになるのです。報じられた出来事そのものに驚くというよりも、そこに「めずらしい」「特異な」「異例な」出来事であるという意味を与えている文脈のほうにこそ、驚かされることになります。

 たとえば、つぎのようなニュースに接したときに。


「うれしいし驚きも」タイ人の母親のもとで日本で生まれた高校生と中学生の姉弟に在留特別許可 これまでは在留資格なく「仮放免」 | SBC NEWS | 長野のニュース | SBC信越放送(2023年12月26日(火) 12:09)


 ここで報じられているのは、高校生・中学生の姉弟が在留資格を得たという事実です。しかし、そもそもこの事実にニュースとして報じるべき価値・意味を与えている文脈は何なのかということにこそ、着目しなければならないように思います。

 それは、日本生まれの人が、高校生・中学生の年齢にまでなりながら、在留資格をえられず、退去強制処分の対象になっていたということ、またそういうことが起こりうるのだということです。これは、法制度そのもの、あるいはこれまでの入管政策そのものに根本的な欠陥があるというほかない事態です。

 ところで、この姉弟への在留特別許可は、上の記事でも少しふれられていますが、今年8月に発表された政府方針にもとづくものです。入管法の改定法の可決・成立(6月)を受けて、8月4日、法務大臣は、在留が長期化した子どもに対して、家族一体として在留特別許可をし在留資格を与える方向で検討するとの政府方針を発表しました*1

 以下の画像は、その法務大臣会見の資料です。

2023.8.4法務大臣記者会見資料

入管法改定法の施行までに「今回限り」のいわば特例措置として
・日本で出生して
・小学校、中学校又は高校で教育を受けており、
・引き続き本邦で生活をしていくことを真に希望している
子どもとその家族
を対象として在留資格の付与を検討するとのことです。
 ただし、「親に看過し難い消極事情がある場合」は除外するとのこと。


 ここでもやはり問うべきなのは、そもそもこの特例措置を「特例」たらしめている文脈が何なのかということです。日本生まれの学齢期の子どもたちが、在留資格を与えられずにいわば送還対象とされた状態で、200人以上もこんにちまで放置されてきたわけです。これは、入管政策の不作為によるものにほかなりません。

 いま「特例」として在留特別許可をするかどうか入管は検討するのだといっているのですけれども、そもそも、その検討の対象となっている200人あまりの子どもたちにいまのいままで在留特別許可を「しない」という方針をとってきたのが入管です。親が超過滞在だったり非正規入国した経緯があったりということで、その子も在留の資格を認めないまま放置してきた。この、あきらかにおかしな従来の入管の方針が、今回の特例措置を「特例」たらしめているのです。常態がめちゃくちゃに異常なので、日本生まれの学齢期の子どもの在留は正規化しましょう、その子が日本で暮らしていくにあたって家族分離が生じないよう家族一体で正規化しましょうという、ごくごく当たり前の措置が「特例」としてなされることになるのです。

 さて、さきの姉弟のケースでは、「2人の母親は過去に非正規入国した経緯があ」るということで、今回の措置では在留特別許可がなされなかったということです。

 上の画像の法務大臣の会見資料でも、「親に看過し難い消極事情がある場合」は今回の措置の対象から除外するとし、その「看過し難い消極事情」の例として「不法入国・不法上陸」をあげています。

 この件にかかわらず、入管は、同じ入管法違反でも、超過滞在(入管の呼ぶところの「不法残留」)とくらべて非正規入国(入管用語で言う「不法入国・不法上陸」)をかなり重くみる方針をとっています。しかし、入管がこうしてとっている方針について、それが妥当なのかどうか、市民の側からも批判・検討されるべきではないかと思います。

 今回報道されている東京入管の措置は、姉弟に在留資格を認める一方でその母親には認めない(依然、退去強制処分が取り消されていない状態に置く)というものですから、家族をバラバラに引き裂くものです。子どもたちの在留は認めてやるが、母親は日本から出て行けと。ひどいものです。たんに(とあえて言いますけども)入国のさいに入管法に規定された手続きにのっとらなかったというだけのことで、国家がその権力を使って家族をバラバラにするような措置をとるのが許されるのでしょうか。私にはとうていそうは思えません。

 未成年の仮放免者とその家族に在留特別許可をせよという署名が呼びかけられています。オンラインでも署名できます。


オンライン署名 ・ 日本に生まれ育った未成年の仮放免者とその家族に在留特別許可を! ・ Change.org


 入管法改悪法の可決・成立に先立つ23年5月4日に始まった署名募集ですが、いまも募集は続いているので、よかったらぜひ署名や情報拡散をお願いします。



*1: 法務省:法務大臣臨時記者会見の概要(2023年8月4日(金))および画像の会見資料「送還忌避者のうち本邦で出生した子どもの在留特別許可に関する対応方針について」(出入国在留管理庁)参照。

2023年12月14日

【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈3〉


【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈1〉〈2〉からのつづき


1.はじめに

 改悪入管法で創設されることになっている監理措置制度についての記事は、3回目となる今回で最後です。この制度の最大の問題点は、「監理人」として入管が選定した人間に、「被監理者」(監理措置を受けて収容を解かれた人)の生活・行動を監視させるというところにあります。「監理人」には入管への届出・報告義務が課され、報告をおこたると罰則の対象になります。

 今回の記事では、その「監理人」について、新しい入管法が条文でどう規定しているのか、というところからみていきます。



2.「監理人」について

 改定法で「監理人」について規定しているのは、監理措置Aは第44条の3の各項、監理措置Bは第52条の3の各項です。この「監理人」の規定の内容は、監理措置Aと監理措置Bとでほぼ同じです。なので、ここでは基本的には監理措置Bのほうの条文だけをみていくことにします。


(1)監理人の選定

52条の3第1項(監理措置B)

「監理人は、次項から第五項までに規定する監理人の責務を理解し、当該被監理者の監理人となることを承諾している者であつて、その任務遂行の能力を考慮して適当と認められる者の中から、監理措置決定をする主任審査官が選定するものとする。」


 監理人を選定するのは主任審査官(各地方入管局の局長など)です。



(2)監理人の責務

 上でみた52条の3第1項に書かれているように、同条の第2項から第5項で「監理人の責務」なるものが規定されています*1

 さて、現行の仮放免制度においては、入管局は仮放免を許可するにあたって、多くの場合、身元保証人をたてることを求めてきます。仮放免される人の家族・親族や友人のほか、支援者や弁護士が身元保証人になっています。監理措置制度における「監理人」は、この仮放免の保証人と一見似ているようにみえますが、じつはまったく異なります。

 仮放免の保証人は、「下記の者が仮放免許可された上は、法令を遵守する(させる)とともに、仮放免に付された従う(従わせる)ことを誓約します」と書かれた書面に署名を求められます。しかし、そもそも入管法上、「保証人」についての規定は何もありません。

 これに対し、監理措置制度における監理人には、入管法で「監理人の責務」なるものが規定されているわけです。まずこの点が、監理措置が仮放免と大きく異なる点です。

 では、その「責務」の内容をひとつひとつみていきましょう。


第52条の3第2項(監理措置B)

「監理人は、自己が監理する被監理者による出頭の確保その他監理措置条件の遵守の確保のために必要な範囲内において、当該被監理者の生活状況の把握並びに当該被監理者に対する指導及び監督を行うものとする。」


 ここが監理措置制度の問題の核心部分です。監理措置とは、監理人に被監理者の生活状況を監視し把握させ、監理措置条件に違反していないかその行動を見張らせるという制度であるわけです。


第52条の3第3項(監理措置B)

「監理人は、自己が監理する被監理者による出頭の確保その他監理措置条件の遵守の確保に資するため、当該被監理者からの相談に応じ、当該被監理者に対し、住居の維持に係る支援、必要な情報の提供、助言その他の援助を行うように努めるものとする。」


 この項を読むと、この新しい制度で監理人を引き受ける者として、支援者なども想定されているように思えます。現行の仮放免制度では、支援者や弁護士が身元保証人を引き受けているケースが少なくありません。入管施設に収容された人のなかには、仮放免の保証人を頼める家族や親族が日本におらず、たよりにできる同国人のコミュニティもないという人は少なくありません。そうした人は、支援者や弁護士に保証人を引き受けてもらわなければ、仮放免を申請することができないわけです。

 入管の収容が収容される人にとってきわめて過酷なものであること、医療放置や職員による暴行などの人権侵害事件が横行していることは、近年たびたび報道され、多くの人が知るところとなっています。そもそも、このブログでも何度も書いてきたように、劣悪な環境での長期収容を入管は帰国強要の手段として意図的・戦略的にもちいてきたのであり、そのことを法務大臣や入管幹部らは隠してすらいません*2

 まぎれもなく入管収容施設でおこなわれていることは拷問であり、長期間収容されて心身を破壊される人はあとをたたず、難民申請者は外部との通信をいちじるしく誓約された環境に収容されて自分が難民であることの立証作業を入管によって日々妨害されています。

 支援者や弁護士が仮放免の保証人を引き受けてきたのは、こうした入管による人権侵害を許せないからであって、またそこに支援が切実に必要とされているからにほかなりません。入管の手先になるために保証人を引き受けている支援者や弁護士などおりません。

 ところが、監理措置においては、監理人はいわば入管の手先として被監理者を監視し、その行動を監督することがその「責務」として課されるのです。被監理者にとっては、監理措置によって収容施設から出ることができても、生活状況や行動(日々どのようにすごしているのか、外出先、家賃や医療費・生活費などをそれぞれどうやって捻出しているのか、報酬を受ける活動をしていないか、など*3)を、入管への届出・報告義務を課された監理人によって監視・監督されるということになります。

 (1)でみたように、監理人を選定するのは入管(主任審査官)ですから、現在仮放免の保証人を引き受けている支援者のすべてを、入管が監理人として選定するとはかぎらないわけですけれども、支援者にとって、仮放免の保証人になるのと監理措置における監理人になるのとでは、その意味あいはまったく異なってきます。



(3)監理人に課される届出義務

 「監理人の責務」としてつぎに規定されているのは、主任審査官に対する届出と報告の義務です。

 まず、届出の義務について。どのようなときに監理人は届け出をしなければならないとされるのか、以下にまとめておきます*4


監理措置A(第44条の3第4項)

▼被監理者がつぎのいずれかに該当することを知ったとき。

  • 逃亡し、又は逃亡すると疑うに足りる相当の理由がある。
  • 証拠を隠滅し、又は隠滅すると疑うに足りる相当の理由がある。
  • 監理措置条件に違反した。
  • 主任審査官の許可を受けないで報酬を受ける活動を行った、又は収入を伴う事業を運営する活動を行った。
  • 被監理者に課された届出義務(第44条の6)に違反した。

▼被監理者が死亡したとき。

▼上記のほか、監理措置を継続することに支障が生ずる場合として法務省令で定める場合に該当するとき。


監理措置B(第52条の3第4項)

▼被監理者がつぎのいずれかに該当することを知ったとき。

  • 逃亡し、又は逃亡すると疑うに足りる相当の理由がある。
  • 収入を伴う事業を運営する活動若しくは報酬を受ける活動を行い、又はこれらの活動を行うと疑うに足りる相当の理由がある。
  • 監理措置条件に違反した。
  • 被監理者に課された届出義務(第52条の5)に違反した。

▼被監理者が死亡したとき。

▼上記のほか、監理措置を継続することに支障が生ずる場合として法務省令で定める場合に該当するとき。


 前回記事で述べたように、監理措置Bは全面的に就労が禁止される(例外なし)のに対し、監理措置Aは就労(報酬を受ける活動)が許可される場合があります。

 監理措置Aにおいて被監理者が許可外の就労をした場合、監理措置Bにおいて被監理者が就労した場合、監理人は主任審査官にこれを届け出なければならないということになります。また、被監理者の「逃亡」や監理措置条件違反にも監理人は届出義務が課されています。

 なお、上の監理人が届出を義務づけられている事項のうち黄色くマークした部分は、監理措置の取消し事由(監理措置A:第44条の4第2項, 監理措置B:第52条の4第2項)にもなっています。したがって、これらを監理人が届け出た場合、監理措置は取り消されて被監理者が収容されてしまうということになりえます。

 そして、あとで述べるように届出をしなかったり、虚偽の届出をした場合、監理人は罰則(10万円以下の過料)の対象となります。たとえば、被監理者が自身や家族の生活のためにアルバイトをしたのを知ったとき、監理人がこれを入管に届け出れば被監理者は収容されてしまうでしょう。しかし、届け出なければ監理人自身が罰則を科されるかもしれないということです。



(4)監理人に課される報告義務

 上の届出義務にくわえ、監理人は主任審査官に対する報告義務が規定されています。


監理措置B:「主任審査官は、被監理者による出頭の確保その他監理措置条件の遵守の確保のために必要があるときは、法務省令で定めるところにより、監理人に対し、当該被監理者の生活状況、監理措置条件の遵守状況その他法務省令で定める事項の報告を求めることができる。この場合においては、監理人は、法務省令で定めるところにより、当該報告をしなければならない。」(第52条の3第5項)


 監理措置Aについても、ほぼ同じ内容の規定があります(第44条の3第5項)。

 条文は、「主任審査官は、……監理人に対し……報告を求めることができる」という書き方をしているので、一見したところ、なにか特別な場合にだけ「報告を求める」のかなという印象も受けるのですけれども。しかし、「報告を求める」かどうかの判断は結局入管がすることになるので、すべてのケースで監理人は報告を要求されると考えたほうがよいでしょう。そして、入管(主任審査官)が求めたら、監理人は「当該報告をしなければならない」とその報告を義務づけられます。

 このように、監理人に被監理者の生活・行動を日常的に監視させて入管に報告させ、被監理者がアルバイトして報酬を受け取ったり監理措置条件への違反があったりすればそれを入管にたれ込めと要求するのが、この監理措置制度です。

 従来の仮放免制度においても、入管は「動静監視」と称して、仮放免者の生活・行動を調査し把握しようとしてきました。この「動静監視」を民間人である監理人にも一部アウトソース(外部委託)しようというのが、監理措置制度であると言えるでしょう。監理人は被監理者をスパイする役割を負わされることになります。

 被監理者にとってみれば、家族や友人、あるいは支援者や弁護士など、自分を支援する立場の人間をつうじて、自身の行動を監視・監督されるということです。自分にとって身近な存在、しかも自分に必要な生活上の資源や情報を提供してくれる者から見張られるとなれば、ある面では入国警備官に監視される以上にその監視の強度は高くなるでしょう。

 入管の視点からいえば、被監理者に対する支援者らの親密さや信頼関係を資源として利用することで、より強度の高い監視・管理をおこなおうというのが、監理措置制度を創設した意図としてあるでしょう。入管という組織を動かしている連中の反社会性、邪悪さがよくあらわれています。



(5)監理人に対する罰則(行政罰としての「過料」)

 入管法は第70条以下が罰則の規定となっています。

 第77条の2は「次の各号いずれかに該当する者は、10万円以下の過料に処する。」としており、今回の法改定では、その第2号から第6号がそれぞれ監理人の届出・報告義務違反への罰則として新設されました。各号は以下のとおりです。


  • 第2号「第44条の3第4項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者」(→監理措置Aについての届出義務違反)
  • 第3号「第44条の3第5項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者」(→監理措置Aについての報告義務違反)
  • 第4号「第44条の3第7項(第52条の3第6項において準用する場合を含む。)の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者」(→監理措置AおよびBについて、監理人を辞任する場合の届出義務違反)
  • 第5号「第52条の3第4項の規定による届出をせず、又は虚偽の届出をした者」(→監理措置Bについての届出義務違反)
  • 第6号「第52条の3第5項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者」(→監理措置Bについての報告義務違反)



3.被監理者に対する罰則規定

 今回の法改定で創設された監理措置制度では、被監理者に対する罰則(刑事罰!)が規定されています。この点も、従来の仮放免制度との大きな違いです。


(1)就労に対する罰則

第70条 次の各号のいずれかに該当する者は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは3百万円以下の罰金に処し、又は懲役若しくは禁錮及び罰金を併科する

……

第9号(新設) 第44条の2第7項に規定する監理措置決定を受けた者で、第44条の5第1項の規定による許可を受けないで報酬を受ける活動を行ったもの又は収入を伴う事業を運営する活動を行ったもの(在留資格をもって在留する者を除く。)

第10号(新設) 第52条の2第6項に規定する監理措置決定を受けた者で、収入を伴う活動を行ったもの又は報酬を受ける活動を行ったもの


 第9号は監理措置A、第10号は監理措置Bについての規定です。

 仮放免については、現行法・改定法いずれにおいても、就労は仮放免の条件違反には問われうるものの、刑事罰の対象ではありません。今回創設される監理措置制度は、就労を監理措置条件違反に問うだけでなく、これを犯罪化して刑罰の対象にするという点で、ある種の一線をこえた悪法だと言うべきです。

 ごくごく当たり前のことを言いますが、家族などをふくめて支援を受けられる人間関係がとぼしい人、あるいは資産のない人にとって、就労は生きて抜いていくのに欠かせない重要な条件になることがあります。社会保障からほとんど排除されている非正規滞在の外国人にとっては、なおさらそうです。したがって、就労を禁止するということが、ときとして「死ね」と言っているにひとしい場合が存在するわけです。就労を犯罪化し刑事罰を科す監理措置制度は、生きること、生きようとすること自体を犯罪として罰しようとするものです。これは、たかが(とあえて言いますが)国家の出入国管理の業務を、人間の生存権よりも大事にする立法であり、物事の軽重についての価値のつけかたが完全に狂っているとしか言いようがありません。

 なお、2の(3)(4)で述べたように、監理人には届出・報告の義務が課されます。監理人にとっては、法に規定された義務を果たすことで、なんの罪もない、たんに仕事をしてその対価として報酬を受け取っただけの被監理者を刑務所に送るということに、なりかねません。



(2)「逃亡」に対する罰則

第72条 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役若しくは20万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する

……

第3号(新設) 第44条の2第1項若しくは第6項又は第52条の2第1項若しくは第5項の規定に基づき付された条件に違反して、逃亡し、又は正当な理由がなくて呼出しに応じない者

……

第6号(新設) 第54条第2項の規定により仮放免された者で、同項の規定に基づき付された条件に違反して、逃亡し、又は正当な理由がなくて呼出しに応じないもの


 監理措置制度においては、上記第6号のとおり、被監理者の「逃亡」についても、監理措置条件違反に問うばかりではなく、刑事罰が規定されています。

 上の第3号は、仮放免者の「逃亡」についての罰則規定で、これも今回の改定法で新設されたものです。現行法では、仮放免者の「逃亡」は仮放免条件違反に問われ、仮放免取消し(→収容)の理由にはなりましたが、刑事罰の対象ではありませんでした。



4.おわりに

 以上、監理措置制度の問題点をみてきました。改悪入管法は2024年6月までの施行が予定されているわけですけれど、ここで創設される監理措置制度もまた、この法律の施行を許してはならない重要な理由のひとつと言えます。

 監理措置については、入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合が「人間破壊の『監理措置制度』導入反対と入管への要請」と題する反対声明を出しています。短い文章でわかりやすく監理措置の問題性を指摘していますので、一読をおすすめします。

「監理措置制度」反対  声明文 | 入管闘争市民連合



【注】

*1: 監理措置Aにおいては第44条の3第2項から同5項で「監理人の責務」が規定されています。条文の内容は監理措置Bのそれとほぼ同じ。 

*2: 入管が長期収容が帰国強要の手段として意図的・戦略的にもちいてきたということは、以下の記事などで述べました。 
「すがってはいけないワラ」とか言うなら浮き輪でも投げて助けろよ 入管法審議での維新・梅村氏の発言について(2023年5月13日) 
「強制送還を忌避」させないための無期限収容 入管庁西山次長の国会答弁は憲法36条への挑戦ではないのか?(2023年4月21日) 
「送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇」とはなにか? 国家犯罪としての入管収容(2021年10月28日) 
公然化されつつある拷問――出国強要の手段としての無期限長期収容(2021年4月3日) 

*3: ここであげた例は、いずれも現行の仮放免制度において、入国警備官が、自宅訪問や隠密におこなう監視・尾行、本人との面接などを通じて、現に調査している事項です。つまり、収容を解かれた人についてこういったことを入管は把握したいということであって、それは監理措置においても同様だと推測できます。 

*4: 条文をそのまま引くとややわずらわしいので、言葉をかえたり省略したりしながらまとめています。

2023年12月6日

【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈2〉


【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈1〉のつづき


1.はじめに

 施行をひかえた*1改定入管法では、従来からある仮放免制度が一応は維持されるいっぽうで、監理措置という収容解除のための新しい制度が創設されることになります。前回記事では、改定法の条文を引きながら、仮放免制度についての変更点をみました。新たな入管法では、仮放免はきわめて限定的な場合にのみ適用される例外的な措置と位置づけられており、収容解除の制度としては監理措置に事実上の一本化をしたいというのが入管の意図なのだろうと考えられます。

 今回の記事では、その監理措置という制度がいかに深刻な問題をはらんでいるのか、改定入管法の条文を参照しつつ、みていきます。



2.原則「収容」の例外としての監理措置

 さて、監理措置がどういう制度なのかをみていくまえに、収容の制度について、大まかに理解しておく必要があります。入管法上の「収容」には2つの種類があります。


A)違反の「容疑」を審査するための収容(収容令書にもとづく収容)

  • 最大60日間。
  • 退去強制手続き(違反審査、口頭審理、異議申し立て、法務大臣裁決)をへて、「放免(在留継続)」「在留特別許可」「退去強制令書(退令)発付」のいずれかの処分を決する。

B)退去強制処分を受けたひとの収容(退去強制令書にもとづく収容)

  • 収容期間の上限なし。
  • 送還のための身体拘束。


 Aの収容は、退去強制(強制送還)すべきかどうかを決める手続きをおこなうための収容です。その手続きのやり方などについては非常に大きな問題があるのですが、この記事ではふれません。

 Bの収容は、Aの結果、退去強制処分が決まった人をただちに送還できないときに、「送還可能なときまで」収容するというものです(現行法第52条第5項、改定法第52条第7, 8項)。収容期間の上限はさだめられておらず、そのことが長期収容問題の大きな原因となっています。

 ABいずれについても、入管法上、収容すること(監禁して自由を奪うこと)が原則となっており、収容を解くための監理措置(あるいは仮放免)は、あくまでも例外的な措置として位置づけられています。野蛮な制度ですね。

 この「収容(身体拘束)が原則」「収容解除は例外」という構図は、現行法・改定法とも変わりません。



3.監理措置Aと監理措置B

 このAとBの収容に対応して、監理措置にも2種類あります。ここでは便宜上「監理措置A」と「監理措置B」と呼ぶことにします(法律に「A」とか「B」とか書いてあるわけではありません)。改定法においてそれぞれを規定する条文の番号もあげておきます。


監理措置A:退去強制手続き中(退令未発付)の監理措置
  • 第44条の2(収容に代わる監理措置)
  • 第44条の3(監理人)
  • 第44条の4(監理措置決定の取消し)
  • 第44条の5(報酬を受ける活動の許可等
  • 第44条の6(被監理者による届出)
  • 第44条の7(違反事件の引継ぎ)
  • 第44条の8(監理措置決定の失効)
  • 第44条の9(事実の調査)

監理措置B:退去強制を受ける者(被退令発付者)の監理措置
  • 第52条の2(収容に代わる監理措置)
  • 第52条の3(監理人)
  • 第52条の4(監理措置決定の取消し)
  • 第52条の5(被監理者による届出)
  • 第52条の6(監理措置決定の失効)
  • 第52条の7(事実の調査)


 入管法上の位置づけの異なる2つの収容に対応して、監理措置Aと監理措置Bがあるわけなので、上記のようにその決定であったり取消しであったりといった手続きはそれぞれ別々の条文で規定されています。

 監理措置を受けて収容を解除される人(「被監理者」といいます)にとっての大きな違いは、監理措置Aは、就労(報酬を受ける活動)が許可される場合があるという点です*2

 もういっぽうの監理措置Bは、就労は禁止であり、そこに例外はありません。就労が認められないのは仮放免も同じなのですが、これに関して監理措置は仮放免と大きな違いがあります。それはあとで(次回記事で)述べます。

 では、監理措置がどのような制度なのか、以下、条文をみていくことにします。



4.だれがどんなときに監理措置を決定するのか?

 監理措置の決定は、主任審査官がします(監理措置A:第44条の2第1項, 監理措置B:第52条の2第1項)。「主任審査官」というのは、地方入管局(東京入管、名古屋入管、大阪入管等)の局長・次長などです。

 その主任審査官がどのようなときに監理措置の決定をするのかは、つぎのように規定されています。


監理措置A:「容疑者が逃亡し、又は証拠を隠滅するおそれの程度、収容により容疑者が受ける不利益の程度その他の事情を考慮し、容疑者を収容しないでこの章に規定する退去強制の手続を行うことが相当と認めるとき」(第44条の2第1項, 同第6項)

監理措置B:退去強制を受ける者が「逃亡し、又は不法就労活動をするおそれの程度、収容によりその者が受ける不利益の程度その他の事情を考慮し、送還可能のときまでその者を収容しないことが相当と認めるとき」(第52条の2第1項, 同第5項)


 監理措置を決定するのは、主任審査官が「相当と認めるとき」ということであって、結局のところ入管の判断しだいということになりますね。

 なお、監理措置は被収容者がこれを主任審査官に請求できるということも規定されています(監理措置A:第44条の2第4項, 監理措置B:第52条の2第4項)。つまり、監理措置は、請求(申請)を受けて主任審査官が決定する場合と、請求(申請)を待たずに主任審査官が職権で決定する場合があるということになります。職権のと請求のがある点は、仮放免と同じです。



5.監理措置条件(違反すると監理措置取消&保証金没取)

 監理措置を決定する場合、主任審査官は「監理措置条件」というものを付けることになっています(監理措置A:第44条の2第1項, 監理措置B:第52条の2第1項, 同第5項)。

 「監理措置条件」とは、つぎのようなものです。


監理措置A:「住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他逃亡及び証拠の隠滅を防止するために必要と認める条件」(第44条の2第1項)

監理措置B:「住居及び行動範囲の制限、呼出しに対する出頭の義務その他逃亡及び不法就労活動を防止するために必要と認める条件」(第52条の2第1項)


 あとでみるようにこの「条件」には、違反した場合のいわば事実上のペナルティが規定されています。監理措置の取消と保証金の没取です。監理措置が取り消されるということは、収容されるということを意味します。

 つまり、収容(監禁)という事実上のペナルティを脅しにして、収容を解除された人の行動をコントロールしようというのが、この「監理措置条件」というものだと言ってよいでしょう。「条件を守らなかったら収容するぞ」というわけです。

 従来からある仮放免制度も、同様に「条件を守らなかったら収容するぞ」という脅しをもちいながら、収容を解かれた人をコントロールしようという仕組みになっています。

 仮放免が許可された人には、その人の名前や顔写真、国籍、住所などが記された「仮放免許可書」という書面が個々人ごとに交付されます。その裏面に「仮放免の条件」が記載されています。以下は、大村入管センターから仮放免された人の仮放免許可書の裏面に記載された「仮放免の条件」の例です(個人を特定できないよう内容を一部改変するとともに伏字にしています)。


(1)住居

大阪府●●市●●1丁目●‐● 203号室

(2)行動範囲

長崎県から住居の存在する大阪府までの経路(住居に到着するまでに限る)及び住居の存在する大阪府

(3)出頭を命じられたときは、指定された日時及び場所に出頭しなければなりません。

(4)仮放免の期間

令和●年●月●日から令和●年●月●日17時00分まで

(5)その他

令和●年●月●日13時00分に大阪入国管理局審判部門へ出頭すること。
職業又は報酬を受ける活動に従事できない。


仮放免許可書の裏面(例)
「仮放免の条件」が記載されている。

 これら「仮放免の条件」に違反した場合は、仮放免取消し(→収容)と保証金没取の対象になります。このうち保証金没取については、前回記事で述べたように今回の法改定で保証金についての規定そのものものが削除されることになったので、改定法施行後は仮放免されるときに保証金納付が求められることがなくなるはずです。

 さて、新しく創設される監理措置の「条件」も、さきの条文をみるかぎりでは、「仮放免の条件」と同様のものが付けれれるのではないかと思われます。

 では、監理措置条件に違反した場合にどうなるのか。条文にどう書かれているのか、みておきます。

 第1に、保証金没取の対象となります。今回の入管法改定において、仮放免にともなって保証金を納付させる制度は廃止されましたが、新しく創設された監理措置制度においては、主任審査官は「3百万円を超えない範囲内で法務省令で定める額の保証金」を納付させることができると規定されています(監理措置A:第44条の2第2項, 同第6項、監理措置B:第52条の2第2項, 同第5項)。被監理者が監理措置条件に違反した場合、主任審査官は「保証金の全部又は一部を没取するものとする」と規定されています(監理措置A:第44条の4第5項, 監理措置B:第52条の4第4項)。

 第2に、「監理措置条件」に違反した場合、主任審査官は監理措置を取り消すことができると規定されています(監理措置A:第44条の4第2項, 監理措置B:第52条の4第2項)。この場合の監理措置の取消しは、収容されるということを意味します。


 以上、今回の記事では、

  • 「収容」を原則とする制度において、例外的な収容解除として、監理措置が位置づけられている
  • 監理措置には「監理措置条件」が付けられ、これに違反した場合に事実上のペナルティとして監理措置が取り消されることがある

といったことをみてきたわけですが、これらは従来からある仮放免とも共通した点であります。

 監理措置制度のはらむ深刻な問題は、これから述べるにあります。次回記事で、仮放免とも比較しながら、監理措置の問題性をみていきたいと思います。


【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈3〉につづく



【注】

*1: 施行日は改定法の附則の第1条に「この法律は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」と規定されています。公布日が2023年6月16日なので、そこから「起算して1年を超えない範囲内」のどこかで施行されることになっています。 

*2: 第44条の5第1項「主任審査官は、被監理者の生計を維持するために必要であつて、相当と認めるときは、被監理者の申請(監理人の同意があるものに限る。)により、その生計の維持に必要な範囲内で、監理人による監理の下に、主任審査官が指定する本邦の公私の機関との雇用に関する契約に基づいて行う報酬を受ける活動として相当であるものを行うことを許可することができる。この場合において、主任審査官は、当該許可に必要な条件を付することができる。」