2025年10月25日

「不法滞在者ゼロプラン」とは?

  「不法滞在者ゼロプラン」について別のところに書いた文章(3か月くらい前に書いたものですが)を転載します。

 関西で入管の被収容者や仮放免者の支援などに長年とりくんでいるWITH(旧名・西日本入管センターを考える会)という団体があります。そのWITHの会報『プラーツオ』(No.87 2025.8.1)に掲載していただいた原稿です。

 原稿の内容としては、入管庁の「ゼロプラン」というやつがいったい何なのか、これに反対する立場から解説を書いたものです。

 また、ゼロプランに反対したうえで、私たちとしてさらに何を主張していくべきなのかについて、私の考えを書きました。むろん「ゼロプラン反対!」とは言っていかなければならないのですけれど、それだけでは入管庁がつくった土俵のうえでの押し合いにしかならないし、「やめろ」「とめろ」という防御の主張にしかならない。反対する方にも、めざすべき着地点というか、出口のイメージが必要だろうと思います。


『プラーツオ』表紙
(タップで画像が拡大されます)

 今号の『プラーツオ』は、WITHの支援されているウガンダ難民の近況、23年の改悪入管法成立後の特例措置(日本生まれで在留資格のない子どもの一部に、家族一体で在留資格を出すというもの)で在留の認められた一家のその後など、長く地道に支援活動をされてきたグループならではの記事がもりだくさんです。

 表紙の画像(↑)に連絡先がありますので、購読されたい、あるいは活動にカンパされたいかたは、コンタクトをとってみてはいかがでしょうか。


 以下、『プラーツオ』に掲載していただいた文章を転載します。


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「不法滞在者ゼロプラン」とは

 「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」なるものが発表された。入管庁が策定したもので、5月23日の法務大臣記者会見でその資料が配布された。資料は入管庁のホームページでも読めるようになっている。

 名前だけみても、このプランのやばさが伝わってくる。「不法滞在者」がまるで「国民の安全・安心」をおびやかす存在だと言いたげだが、実際、入管庁はあとでみるように、こうした偏見に便乗し、またみずからこれをばらまきながら、排外主義的な政策を進めようとしている。


仮放免者らが「ゼロプラン」のターゲット

 資料をみると、いくつかの数値目標があげられている。


(1)難民審査の迅速化(現在20か月を超えている平均処理期間を、2030年までに6か月に短縮するなど)

(2)年間の護送官付き国費送還(無理やりの送還)を3年後に2倍に増やす(2024年の249人から2027年には500人に)

(3)退去強制が確定した外国人数(2024年末で3,122人)を2030年末までに半分に減らす


 まず(3)からは、このプランでどんな人たちがターゲットにされていのかがわかる。

 「不法滞在者ゼロプラン」とはいうけれど、入管がターゲットにするのは、いわゆる「不法滞在者」の全体ではないようである。「不法滞在者」という語は適当でないので以下「非正規滞在者」と言うことにするが、その非正規滞在者数は現在8万人ぐらいである。入管が半分に減らしたいと(3)で言っているのは、この8万人のうちの4%にもみたない約3,000人。すでに入管に摘発されるなどして「退去強制が確定した外国人」である。

 この「退去強制が確定した外国人」のうちわけは、3月の入管庁の報道発表によると、仮放免者2,448人、入管施設に収容中の人が461人などである。「不法滞在者ゼロプラン」とは、実質的に「仮放免者半減計画」と言ってもよさそうだ。

 そして、仮放免者らをもっぱら送還によって徹底的に排除しようという、この「ゼロプラン」にあらわれている入管の動きは、2年前の入管法改悪の延長線上にあるものである。仮放免者など「退去強制が確定した」けれども帰国をこばんでいる人を「送還忌避者」と呼び、これを送還によって排除するための強力な権限を入管に与えようというのが、入管法改悪のくわだてであった。3回目以上の難民申請者を強制送還してもよいことにし、また、収容を解かれた人を監視・管理するための監理措置制度の創設、送還に応じない人に刑事罰を科せるようにするなどが、その内容だった。

 この改悪入管法案は、2021年に一度は廃案になるなど、反対運動の大きなもりあがりがあったものの、23年に成立し、24年6月から完全施行されている。

 それからちょうど1年たった現在、仮放免者など「送還忌避者」をあくまでも送還によって徹底的に排除しようという新入管法にもとづいて、入管庁が打ち出してきたのが「ゼロプラン」である。


難民審査の「迅速化」と強制送還の「促進」

 では、この「ゼロプラン」は「退去強制が確定した外国人」をどうやって半分に減らそうというのだろうか。入管庁の資料を読むと、7つの方策が述べられているが、とくに目を引くのは、つぎの2つである。

 ひとつは、難民条約上の「迫害」にあきらかに該当しない主張を「類型化」することで、難民審査を迅速化しようというもの。つまり、「よくあるタイプの見当はずれな申請例」の見本をあらかじめいくつか作っておいて、これに沿うようにみえる申請はさっさと不認定の結論を出してしまえ、ということだ。ここで言われる「迅速化」とは、不認定の結論を「迅速に」出すということでしかない。難民認定率がきわめて低い現状で、このような「迅速化」が進められれば、難民として認定すべき人がますます取りこぼされていくのはまちがいない。

 もうひとつ目につくのは、上の(2)にもふれられている護送官付き国費送還(無理やりの送還)を促進するとしていることである。「ゼロプラン」の資料では、「令和5年[2023年]改正入管法により送還停止効の例外として送還が可能となった者や重大犯罪者などを中心に、計画的かつ確実に護送官付き国費送還を実施する」としている。

 さらに、この資料には言及されていないものの、この無理やりの送還についての入管の新しい動きもある。6月の下旬より、大阪入管は仮放免期間の延長手続きにおとずれる仮放免者らに新しいバージョンの「送還に関するお知らせ」という文書を配りはじめた。そこには新しく次の文言が書きくわえられていた。「なお、裁判所による執行停止等の仮の救済の決定がない限り、訴訟係属中であっても、送還を実施する場合がありますので、その旨、弁護士に伝えてください。」 同じ書面は東京入管など他の地方局でもくばられているようである。

 入管が具体的に今後どのような制度運用をしていくつもりなのか現時点では不明だが、今までおこなってこなかった裁判中での強制送還をする場合があると宣言したことには、深刻な危機感をいだかざるをえない。


「ゼロプラン」と正反対のやり方を!

 以上みてきたように、「ゼロプラン」とは、入管が「送還忌避者」と呼ぶ人たちを、むりやりの送還と難民審査の「迅速化」によって2030年までに半減させるという計画である。

 しかし、私たちが考えなければならないのは、そもそも3,000人をこえる「送還忌避者」と呼ばれる人たちがなぜ出てくるのかということである。「送還忌避者」とされる人の多くは、入管が退去強制を決定し、長期収容や人権のうばわれた仮放免状態におくことでいじめ倒しても、送還に応じられない人たちだ。それぞれに帰れない事情があって送還を拒否しているのである。こうした人たちの在留をがんとして認めず、あくまでも強制送還によって排除するのだという方針に入管が固執していることが、この「送還忌避者」を生み出しつづけているのだ。

 相手は人間である。「半減」やら「ゼロプラン」やらの下品な言葉でやっかいものあつかいをするのではなく、なぜ帰れないのか、そこに配慮すべき事情はないのか、また送還がその人にどんな不利益をもたらすのか、聞く姿勢が大事ではないのか。

 「ゼロプラン」が異様なのは、「送還忌避者」や非正規滞在者をもっぱら国外への排除のみによって減らそうとしていることである。しかし、これらの人たちを減らすには、「ゼロプラン」であげられているのと正反対の、つぎの2つの方法もある。

 ひとつは、難民審査を「迅速化」するのではなく、国際的な基準にのっとってこれを「適正化」することである。難民として認定すべき人をきちんと認定し、在留をみとめることである。

 もうひとつは、強制送還をふやすのではなく、現在きわめてせまくしか認めてない在留特別許可の運用をやはり「適正化」することである。送還すれば家族がばらばらになるような人や、長年日本でくらして出身国には生活基盤がもうない人、日本で生まれ育った子どもや若者たちに在留資格を出せばよい。

 ようするに帰るに帰れない人たち(「帰る」もなにも日本生まれの人すらいる)に送還一本やり排除一本やりで対応しようとするから、「送還忌避者」なるものが生じるのである。難民認定の適正化と在留特別許可の基準緩和によって、入管が「送還忌避者」と呼ぶ人の多くは正規の在留資格をえられるはずである。それは現行法の枠内でも十分にできることだ。入管がただしく方針をあらためられるよう、私たちが声をあげていくことが必要だと思う。


排外主義の共犯者、あるいは排外主義そのもの

 さて、入管庁のウェブサイトでは、この「ゼロプラン」がつくられた経緯をつぎのように説明している。

「昨今、ルールを守らない外国人に係る報道がなされるなど国民の間で不安が高まっている状況を受け……法務大臣より……ルールを守らない外国人を速やかに我が国から退去させるための対応策をまとめるよう指示があ」った、と。

 「ルールを守らない」のに日本人も外国人も関係ないはずだが、「ルールを守らない外国人」などと言ってあたかも外国人の問題であるかのように語るのは、まぎれもない人種差別である。人種差別にもとづく「報道」があるなら、その「報道」こそが問題であろう。ところが、入管庁は人種差別の問題を完全にスルーし、それどころか人種差別的な報道とこれによって高まる「国民の不安」を、自分たちの政策を正当化する根拠にしているのである。

 つまり、入管は恥知らずにも、いまはやりの排外主義、外国人差別の世論に便乗し、またこれを自分たちでもばらまくことで、「ゼロプラン」をすすめようとしている。私は反対に、ここに住むひとりひとりの人間が人権を尊重され、平等にあつかわれる社会をめざしたい。

『プラーツオ』(No.87 2025.8.1)