2024年3月21日

自治体の負担増加の原因は、「クルド人」ではなく入管行政

 

 以下、2月2日ということなので1か月半以上前の報道なのですが、おくればせながら興味深く読んだところです。


埼玉・川口市がクルド人めぐり国に異例の訴え なぜ?現場で何が? | NHK(2024年2月2日)


 川口市が国に対し、仮放免者の就労を可能にしてほしいなどの要望を出したことについて、その要望の背景を取材した報道です。

 人手不足が深刻なこの地域の解体業界で、仮放免の人もふくめたクルド人労働者が欠かせない担い手になっていること。また、クルドの子どもたちが市内の小学校などに通い、受け入れられていることなど。そうしたかたちで地域社会で共生がなされ、クルドの人たちもすでにそこに深く根ざしていることがうかがえる記事です。

 さて、このNHKの記事のなかの小見出しのひとつに、「教育や医療 増加する自治体の負担」というものがあります。自治体の負担を増加させている要因は何なのかという問いは、差別や排外主義におちいらないよう、注意深く語っていく必要があります。自治体の負担増という論点が、地域に新たに移住してきた人たちであったり貧困層であったりを差別・排除する言説につながっていくのは、しばしばみられるところです。この点を念頭において、記事の以下の部分を読んでいきます。


さらに、最近、市議会では医療費への懸念がたびたび取り上げられています。


川口市議会議員

「仮放免者は保険証もありませんから、請求される金額が高額になり、高額な医療費を払えずに滞納してしまうという事案もあります」


今、市の医療センターでは外国人による未払い金が7400万円ほどありますが、その中に仮放免のクルド人の治療費も含まれているとみています。


川口市は、実態に応じた制度の見直しが欠かせないと訴えます。


川口市 奥ノ木信夫市長

「人道的立場で、今にも赤ん坊が産まれそうな人は、病院で受け入れて診なければいけないし、病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません。

税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」


川口市の訴えを、国はどう受け止めているのか。出入国在留管理庁に聞きました。

出入国在留管理庁

「仮放免者の中で退去強制が確定した外国人は、速やかに日本から退去するのが原則となっています。よって仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」


 「病気で苦しんでいる人」がいれば、その人を診察し治療するのが医療人というものだし、そのための仕組みや環境を整備するのが市や県などの行政にたずさわる人の仕事です。現にここに住んでいる人、ここにいる人のためにすべきことをする。そうした労働(この「労働」は賃金で報酬が支払われるものにかぎりません)の集積として地域社会が成り立っており、またその一部が自治体の施策としておこなわれるものであるわけです。

 ところが、このような地域社会の人びとのいとなみであったり、あるいは自治体の施策にとって、国の入管行政がまさに障害になっているということが、いま引用したところにあらわれている事態です。クルド難民たちを、「仮放免」という、堂々と就労することもできず、国民健康保険にも入れない状態にしばりつけ、医療費の滞納の原因を作っているのは、入管行政にほかなりません。

 入管庁の役人は「仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」などと恥ずかしげもなく言っているようです。しかし、先の川口市長の発言のとおり「病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません」と考えるのがあたり前の医療人の立場だし、そのためのコーディネートをするのが市長ら行政の仕事です。

 それにしても入管はよくもまあ「行政サービスの支援を行うことは困難」などと言えるもんです。だいたい「行政サービス」を担っているのは、あんたら入管ではなく、地方自治体ですよね。入管のやっていることと言えば、住民のあいだに線引きをして、結果的に「行政サービスの支援」から排除される住民を作り出すことじゃないですか。上に述べたように、入管行政こそが「行政サービス」の阻害要因になっている。「行政サービスの支援を行うことは困難」? いや、ジャマしてるのはあんたたちではないですか、という。

 一方、自治体の現場の職員は、「住民」に対するサービスということを考えるのであって、ある住民が仮放免者であったり非正規滞在者であったりということは本質的な問題にはならないはずです。現行の制度では仮放免者や非正規滞在者は住民票に登録できませんが、行政サービスの観点からいえば、住民票はあくまでも住民の情報を登記する手段のひとつにすぎません。住民票がないから住民サービスから排除するというのでは、手段と目的が転倒してしまいます。

 ちなみに、10年ぐらい前までは、仮放免者が国民健康保険に加入していたり、生活保護を受けていたりというケースは、数は多くはないものの自治体によってはそれなりにありました。国(この場合は厚労省ですが)が横やりを入れて、そういったケースはなくなっていきましたが、自治体の行政の本来的なあり方からすれば、住民票の有無なんかよりも、その市区町村に居住の実態があるかどうかということのほうが、重要なのです。 

 記事に紹介された川口市長の発言をもう一度引きます。


「税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」


 入管は「仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」などとくだらないことを言わずに、仮放免者の在留を正規化すれば、問題は解決するのです。在留資格を認められれば、就労できますし、国民健康保険にも加入できるので、医療費の滞納は減り、自治体の負担も軽減されます。

 入管がそれをせず、クルド人住民の多くを仮放免状態に放置していることで、自治体の負担増加をまねいているのだといえます。入管は社会に迷惑をかけるのをいいかげんやめてほしいものですね。



 ところで、この先は今回の本題からはそれる話です。NHK記事の以下の「監理措置」に関するところ、説明として適切ではないので、その点いちおう指摘しておきます。


川口市の要望については、2023年以降の国の方針によって、今後はある程度カバーされる可能性があると橋本さんは見ています。

政府は2023年8月、日本で生まれ育っていても在留資格がない小学生から高校生の外国人の子どもについて、親に国内での重大な犯罪歴がないなどの一定の条件を満たしていれば、親子に「在留特別許可」を与え、滞在を認める方針を示しました。

また、入管が認めた監理人と呼ばれる支援者らのもとで生活ができる「監理措置」という制度が改正入管法の下で近々導入され、就労をすることが可能になる予定です。


 たしかに、改定される入管法で創設される監理措置は、従来からある仮放免制度と異なり、就労が許可される場合があります。しかし、それはきわめて例外的な場面においてのみです。

 改定入管法のもとでは、退去強制処手続き中の人(退去強制処分を受けていない人)に監理措置が適用されたときに、入管は就労を許可することができるということになっています1。しかし、退去強制処分が出てしまった人については、全面的に就労は禁止されます2

 まず、NHK記事などでその困窮が問題にされている、在留の認められていないクルド人難民申請者の大多数は、すでに退去強制処分が出た人であって、就労不可です。そして、退去強制手続き中の人も、入管が在留を認めなければいずれ退去強制処分が出てしまいますから、そうなれば就労が許可されることはありません。

 しかも、監理措置制度では、許可を受けずに就労した場合に、刑事罰を科す規定まであります(第70条第9号、第10号)3

 つまり、監理措置においては、ごくごく例外的にしか就労は許可されないし、許可を受けない就労が犯罪化すらされるわけです。

 「川口市の要望については、2023年以降の国の方針によって、今後はある程度カバーされる可能性がある」というところ、「2023年以降の国の方針」が監理措置のことも指して述べているのであれば、この記述は明確にまちがいと言ってよいでしょう。



1: 第44条の5第1項「主任審査官は、被監理者の生計を維持するために必要であつて、相当と認めるときは、被監理者の申請(監理人の同意があるものに限る。)により、その生計の維持に必要な範囲内で、監理人による監理の下に、主任審査官が指定する本邦の公私の機関との雇用に関する契約に基づいて行う報酬を受ける活動として相当であるものを行うことを許可することができる。この場合において、主任審査官は、当該許可に必要な条件を付することができる。」 

2: 【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈2〉 

3: 【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈3〉



関連記事

産経新聞がクルド人へのヘイトスピーチを書き散らしている件(2023年7月31日)

【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈1〉(2023年12月2日)

【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈2〉(2023年12月6日)

【改悪入管法を読む】監理措置とはなにか?〈3〉(2023年12月14日)




2024年3月2日

法務省が検討中だという在留特別許可ガイドライン案がまたろくでもない


  法務省が在留特別許可のガイドラインの見直しを検討しているとの報道が出ています。


不法滞在外国人の在留 ガイドライン見直し案まとまる | NHK(2024年2月28日 11時55分)


 報道を引用します。


不法に滞在している外国人をめぐっては、出入国在留管理庁が、法務大臣の裁量で特別に在留を認める際の基準を定めたガイドラインを策定していますが、与野党内から「どのような時に在留が認められるのかが不明確だ」との指摘が出ていたことなどから、見直し案をまとめました。

それによりますと、▽在留資格がなくても親が地域社会に溶け込み、子どもが長期間、日本で教育を受けている場合や、▽正規の在留資格で入国し、長く活動していた場合、その後、資格が切れても在留を認める方向で検討します。

一方、▽不法入国などによって国の施設に収容され、その後、一時的に釈放された仮放免中に行方をくらませた場合や、▽不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ場合などは、在留を認めない方向で検討するということです。


 基準の緩和が一部検討されているようにもみえる一方で、最後に書かれている「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ場合などは、在留を認めない方向で検討する」というところ、さらっと読み飛ばしてしまいそうになるかもですが、これはとんでもないです。

 正規滞在であれ、在留資格のない非正規滞在であれ、日本にいる期間が長期間におよぶ場合、一般論として地域社会に溶け込んでいたり、密接な人間関係をこの地で結んでいたりするものです。

 また、とくに非正規滞在者の在留が長期にわたっている場合、それは自国に帰ろうにも帰れない事情があるからだということも多々あります。在留資格のない状態では社会保障からも排除されるわけですし、就労先を探すにもきわめて不利なわけです。それに、長く離れていれば故郷の親が病気になったり亡くなったりなど、切実に帰りたくなる機会も出てくるものです。にもかかわらず在留資格のない状態での在留が長年にわたるのは、帰国できない深刻な事情があるからということも少なくないのです。

 ところが、報道されている法務省のガイドライン案では、その非正規滞在での在留期間が長くなるほど、在留を許可するにあたってマイナスに評価されるということになってしまいます。在留特別許可は、人道的な配慮をするための措置であって、懲罰のためのものではないにもかかわらずです。本来であれば在留期間が長くなるほど、人道措置として在留を認めるべき理由になるはずなのが、非正規滞在の場合、反対にそこがマイナスに評価される。あべこべにもほどがあります。


 で、ここからがとくに強調したいところなのですが、歴史的な経緯をふりかえったとき、「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ場合などは、在留を認めない方向で検討する」という法務省の考えは、まったく道理に反しています。

 というのも、「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ」ようなケースについて、そこに国・政府の責任がないとは言えないからです。法務省などの役人たちの呼ぶところの「不法滞在者」に一方的に責任を帰すことのできるようなものではありません。

 現在、退去強制処分を受けて仮放免の状態にある人たちが3,000人以上いますが、そのなかで来日時期がもっとも早い層は、1980年代の後半に来た人たちです。在留期間でいえば、35年ぐらいになる層。

 そのなかには、犯罪歴がないにもかかわらず、この間、一貫して在留資格がない状態で現在にいたるという人が相当数います。日本人や在留資格のある外国人と婚姻していない人や、婚姻していても実子のいない人などが、これまで在留特別許可の対象になってこなかったからです。

 「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ場合などは、在留を認めない方向」でガイドラインが作られるならば、こうした人たちはますます在留を認められなくなるということになるでしょう。

 しかし、「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ」ような状況は、非正規滞在者本人たちだけにその責任を帰すことはできません。

 バブル景気にわく80年代後半、日本人労働者が「3K」(きつい、汚い、危険)と呼んで忌避し、深刻な労働力不足にあった製造業などの中小零細企業には、外国人労働者によって救われたところも少なくありません。そこには、在留期間が切れて超過滞在(オーバーステイ)になった非正規滞在者も多くいました。

 90年代を通じて、非正規滞在の外国人は、中小零細の工場や建築現場などで欠かせない労働力としてありました。この時期、警察官が職務質問などで在留期間が過ぎていることを知っても、わざわざ摘発しないのが普通でした。

 関東地方で当時、非正規滞在の状態で暮らしていた外国人たちから、私自身そのような経験を数多く聞きました。あるフィリピン人からは、警察官はオーバーステイを問題にしないのがわかっていたから、交番で道を聞いたりということを当時は平気でできていたのだという話を聞いたこともあります。その人が言うには、ある時期から在留資格のない仲間たちがつぎつぎとつかまり送還されるようになり、職務質問などをされないように警察官を避けるようになったということでした。

 入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合の発行するパンフレット『なぜ入管で人が死ぬのか』(2022年発行)は、バブル期から日本で暮らす非正規滞在者の証言を紹介しています。


 1980年代末、20歳のとき渡日した非正規滞在のイラン人は、次のように述べています。

「警察がパスポートを見せろと度々尋ねてきた。パスポートを見てオーバーステイと分かっても摘発しなかった。街の祭りの後片付けを手伝っていたときには、警官は、頑張れよ、と声を掛けてきた。だからずっと日本に居られると思っていた。ところが 2005年に、突然、不法滞在で逮捕された。帰れというならもっと若い時になぜ言ってくれない。」

 また、同じバブル経済期に渡日した別の非正規滞在外国人は「警察に職務質問を受けて在留資格がないと分かってもパスポートの期限が切れておらず、工場で働いていることが分かれば『しっかり働けよ』と言って捕まえようとしなかった。だから真面目に働き、税金を払っていれば日本にずっといられる、と思った」と述べています。


 日本政府が、非正規滞在の外国人労働者の存在を許容しないという方向に政策転換したのは、2000年代に入ってからです。

 2003年10月に、法務省入国管理局、東京入国管理局、東京都、警視庁の四者による「首都東京における不法滞在外国人対策の強化に関する共同宣言」が出され、おなじ年の12月には政府の犯罪対策閣僚会議による「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」が出ます。いずれの文書も、「不法滞在外国人」は「犯罪の温床」であると決めつけ、その摘発強化をうたったものです。後者の「行動計画」において、2004年からの5年間でいわゆる「不法滞在者」を半減するという計画が示されます。

 この政策転換のなかで、入管などが「送還忌避者」と呼ぶ、国外退去を求められているけれどこれを拒否している人が増大していったということ(2020年時点で3,000人超)。その増大した「送還忌避者」を強硬に送還する方針を2015年ごろに政府がたてて、これに固執し続けていることが入管施設での長期収容問題、あいつぐ死亡事件をはじめおびただしい数の人権侵害を生じさせているのだということ。こうしたことについて、さきのパンフレットではくわしく説明されています。

 私も作成にかかわっているので手前ミソにはなりますけれど、なかなかよくできたパンフレットなので、ぜひ手に取ってみてください。以下のリンク先から、PDF版が無料配布されています。


なぜ入管で人が死ぬのか | 入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合


 さて、政府が2000年代前半に非正規滞在外国人をめぐる政策を転換したことの是非については、ここで論じません。しかし、その存在をかつて事実上黙認していたことは、重要です。事実として、日本社会は非正規滞在外国人の労働力を活用してきたのであり、それは政府の黙認によって可能だったのです。

 そうして日本社会を支えてきた人たちを、政策が変わったからとか、もう用済みだからとか、排除するのだとしたら、それは無慈悲だというだけでなく、いちじるしく道理に反することです。

 ガイドライン案の「不法滞在の期間が相当の長期間に及ぶ場合などは、在留を認めない方向で検討する」というところは、撤回すべきです。バブル期から90年代を通じた政策があやまりだったというのであれば、その政策のツケを一方的に非正規滞在者にのみに押し付けるような恥知らずなことはすべきでありません。