2026年5月26日

AB型でRhマイナスの人と「不法残留者」と



5/24 10:23配信『静岡朝日テレビ』
ニュース画像のスクリーンショット。
「……在留期間を約2週間超えて不法残留 
インドネシア国籍の男(21)を逮捕」
との見出し

 

 けったくそ悪いので、写真だけ。リンクははらない。

 これは静岡朝日テレビのニュースだけど、ここ数年のあいだに、他のとくに地方のマスメディア(茨城新聞とか神戸新聞とか)でも、警察が「不法残留」あるいは「不法就労」の外国人を逮捕したというニュースがネットで配信されてるのを、やたら目にするようになった。

 こんなものを報道する意義がいったいどこにあるんだろうか?



 入管庁の発表によると、2026年1月1日時点での「不法残留者数」は6万8,488人だという。日本全国で6万人超もいるうちのひとりが見つかったから何だというのだろう。

 日本人の血液型でAB型は10人に1人ぐらい、Rhマイナスの人は200人に1人ぐらいなんだそうだ。したがって、AB型でRhマイナスの人は2000人に1人*1。日本の人口*2が1億2000万人ぐらいとして、その1/2000は6万人。「不法残留者」の人数とだいたい同じぐらい。

 「AB型でRhマイナスの人が菊川市内でみつかりました」などというニュースがナンセンスなのはあきらかだろう。それが「不法残留者が菊川市内でみつかりました」という話だと、わざわざ報道されてしまうのはなぜなのか? 「AB型でRhマイナスの人」と「不法残留者」のあいだのちがいとは?



 まあ、警察官が「不法残留者」を見つけたらつかまえる、というのはわかるのですよ。ただ、それは警察組織の上のほうで「不法残留者」を見つけたら逮捕するということに決めていて、末端の警察官たちはそう命令されているからにすぎない。

 その証拠に、1990年代には、警官に在留期間がすぎたオーバーステイだということがバレたり、あるいは自分からそれを話したりしても、逮捕なんかされなかったという例はめずらしくもなんともない。当時、オーバーステイだった人たちに話を聞くと、そんな証言は山ほど得られるよ。

 警察官が「不法残留」を見つけたらただちに逮捕するようになったのは、2000年代に入って、政府が「不法残留者」を徹底して減らそうという方針に転換して以降のこと。

 つまり、「不法残留者」が逮捕されるのは、警察の方針がそうなってるというだけのことにすぎないわけだけれど、まあそれはともかく、たしかに現在では警察官は「不法残留者」を見つけたら逮捕する。警察がそうするのは、まあわかる。いまどきの警察はそういう方針なんですね、と。

 でも、それ、静岡朝日放送さんが報道する意味がどこにあるんだろう?



 AB型でRhマイナスの人はたしかに「めずらしい」と言えば言えなくもないけど、日本全国に6万人もいるのであって、そのひとりが静岡県菊川市にいることがわかったからって、報道しなければならない理由になんかならない。

 ちょっとめずらしい血液型ではなく「不法残留者」だったらそこを報道すべき理由がなにか発生するのだろうか。その報道になにか公益性とかあるわけ? たいして希少性(めずらしさ)もなければ、それを報じることでわれわれ人民大衆の福祉が向上するなんてこともいっさいない。



 記事を読めばすぐわかるのだけど、これは静岡朝日放送さんが報道する意義があると判断して取材して報道したものではない。警察が提供した情報をそのまま流したものにすぎない。だから、警察の広報にテレビ局が自分の媒体を使わせてあげた、ということですね。

 では、どうして警察はこれを広報したいんだろうか? 「不法残留者をつかまえました」「認められた在留期間が120日だったのを2週間もオーバーして残留してたんです」。あっそう、だからなに? という話である。バカバカしいにもほどがある。



 確実に言えるのは、「警察が●●を不法残留の容疑で逮捕した」という報道がくり返されることで、外国人への偏見が読者・視聴者に植えつけられていくだろうということだ。「不法残留」している人が私たちにとってどんな不利益なり迷惑なり与えているのかということはなんら具体的に示されることなく(そんな不利益や迷惑など存在しないわけだけど)、外国人のなかには「不法残留」というルール違反をおかしている者がいるらしいという情報がわれわれの頭にたたきこまれていく。「警察がつかまえるくらいだから何か悪いやつなんだろう」というイメージをまといながら*3

 すくなくとも、「不法残留者」なるものが存在していることよりも、外国人への偏見をばらまく効果のある報道のほうがよっぽど有害じゃないんですかね。





*2: AB型などの血液型の出現率については「日本人」を分母とした話をしているので、ここで「日本の人口」を分母とする話をするのはほんとはおかしい(「日本の人口」を構成するのは「日本人」だけではないので)のですが……。 

*3: 今回書いたことの趣旨からは外れるのだが、「警察が外国人を不法残留(あるいは不法就労)で逮捕した」系のニュースというのは、つぎのような思考を読者・視聴者に植えつけていくという効果の点でも、重要だ(悪い意味で)と思う。つまり、外国人が日本国民には課されないルールを課されていており、なおかつそれは当然のことなのだという思考である。

2026年2月12日

強制送還に「密着」したと称する動画について



 入管の強制送還にテレビ初密着 「あと1日ほしい…」抵抗する人も “不法滞在者ゼロ”に向けた最前線に迫る(2026年02月02日) - YouTube


 「テレビ初密着」だそうだ。

 ナレーションでも「強制送還の一部始終をメディアとして初めて取材することができました」と言ってほこらしげだが、もちろんこれは入管の広報・宣伝にテレビ局が媒体を提供して協力したというものだ。

 入管が見せたい(あるいは見せてもよい)と考えている映像をテレビ局は撮らせてもらって放送しているにすぎないわけだから、「初めて取材することが……」などとまるで自分らのやっていることが報道の名にあたいする何かであるかのように言うのもずうずうしいなあと思うのですが、まあそれはどうでもいいです。フジテレビにジャーナリズムなど期待するだけムダだろうから。

 それより私が軽くショックを受けたのは、強制送還のこれほどむごい実態を見せてもマイナスにはならない、それどころかプラスになると入管がみつもっているのだなあということ。そして、入管がそうみつもるのは、少なくとも現時点においては正しいのだろうと考えざるをえないことに対してである。

 2人の人間の人生が強制送還によって暴力的に大きく変えられるのを放送したところで、「入管による人権侵害だ」などと言って問題にする人などほとんどいないだろう。むしろ、入管の仕事に対してコクミンの好意的な理解を得るのに有効だろう。そう見込んだからこそ入管はフジテレビに「密着」させてこんな映像を作らせたのだろう。

 私は、入管のその見込みどおりになるのを許すべきでない、見すごすべきでないと考えるので、いまこのブログを書いている。



 (フジテレビが制作・放送した)入管の広報映像には、東南アジア出身とされる2人の人が登場する。

 ひとりは、「20年間にわたり不法滞在してい」るとされる女性。入管職員から強制送還を執行するとつげられ、ひどく動揺するようすもうつし出される。少なくとも20年以上は日本で生活してきたということなので、当然だろう。長年ここできずきあげてきた人間関係から引きはがされて、20年以上ぶりのもはや変わりはてただろう「故郷」に放り込まれるのである。むごい話である。

 もうひとりは、トータルで30年、日本でくらしてきたという男性。はじめて来日したのはバブル期だったとのこと。過去にも送還されたことがあり、送還後の上陸拒否期間に他人名義のパスポートを使って来日したということらしい。家族を日本に残し、ひとり「母国」に送還されるとのこと。送還直前に荷物を整理しながら、長年日本でくらしてきたこの人は「オレの人生は日本」と言って涙をながす。むごい話である。

 フジテレビによる「報道(まがいの入管広報)」をみるかぎりでは、このおふたりは自身の難民性を主張しているわけではないようだ。入管がそういうケースを選んで撮影させたのだろう。ここらへんも、入管はコクミン世論をみすかしているんだろうなと感じた。迫害のおそれのなさそうな人を「不法滞在者」として送還することを問題視する声などあがらないだろう、と。

 ところが、映像というのは、ときとしてその制作者の意図をこえて雄弁に語ってしまう。いわゆる難民のケースでなくても、強制送還という措置がいかにむごたらしいものになることがあるのか、この15分ほどの動画は示してしまっている。そう私には思える。

 だから、この動画を、入管のプロパガンダのために作られた動画を、多くの人が見てほしいとすら思う。そうして感じたこと、自身の心の動きの経過に向き合い、できることなら言葉にしてシェアしてほしいと思う。皮肉として言ってるわけではない。まじめにそう思う。



 長年くらしてきた町から、見なれてきた風景から、なじんだ食生活から、結んできた人間関係から、当人の意に反して引きはがして追放する。そんな行為のむごたらしさをおおいかくすことはできない。入管の施策を正当化するために作られた動画ですら、そのむごたらしさを具体として表現してしまっている。

 おそらくこの動画を見た人の多くは、入管職員たちの行為を正当化できる理屈を探し始めるだろう。そこには「正当化」の必要な行為がうつしだされているからである。ある行為について「正当化」が必要なのは、その行為がすくなくとも全面的には正当ではないと感じているからである。その心の動きを私たちは直視すべきなのだと思う。

 気分がわるくなる人もいるだろうから、むりはしないでほしいのだけど、心に余裕のあるひとは冒頭のリンク先の動画についたコメントをいくつか読んでみてほしい。「不法滞在者」とされた人にむかってくちぎたなく攻撃するコメントのいくつかを見て、なぜこの人たちがこれほど余裕なく憎悪をたぎらせているのかと問うてみよう。この人たちは、画面にうつる入管職員の行為に、「正当化」しなければならない(つまりは、全面的に正当とは言えない)要素があることに、おそらく気づいている。

 ある行為の不当さ、あるいは加害性から目をそむけたいとき、私たちはそのむごたらしい目にあっている被害者のほうの瑕疵(かし)を探そうとする。「この人にも非があるのだから、ひどい目にあうのは仕方がない」と考えようとする。あるいは、もっと積極的に「制裁を科されるのは正当だ」と考えたりする。でも、「不法滞在」とやらはそんなに大きな瑕疵ですかね?



 動画の最後にはこんなナレーションが流れる。

 「不法滞在者を安全に送還するために、入管職員たちは日々慎重な対応にあたっています」

 このプロパガンダ動画の全体的なトーンがまさにこのような演出で作られている。入管職員が、送還しようとする「不法滞在者」に対して、あくまでも親切にていねいに対応しようとしているようすがうつされる。

 で、なかなか興味深いのは、そうした映像に対して、どんなコメントが書きこまれているのかということである。いくつか例をひいてみよう。


@surgekiller

最後の晩餐って2回目やん。

可哀想なんて微塵も思わない、むしろ犯罪者にこんな良い扱いに驚いた。


@ポクポク和尚

あのさぁ……

優しくしてどうすんの?

「日本人は冷たい」って思わすほど雑に扱った方がいいんだよ。


@ntakito138

優しすぎでしょ。税金もどうぜ払ってないんだし、全部没収すりゃよいじゃん


@momoy1027

なんでこんなに丁寧に対応してるんだろう


@カズくん-s5r

もっと対応を厳しく、優しすぎる。


 ひとつひとつはごく短いものにすぎないコメントに対し、その深層を推測するようなことを言うのはあまりフェアではないかもしれない。しかし、「不法滞在者」に「優しく」対応すること、「かわいそう」と同情することに、怒りと憎悪をぶつけるコメントが無数によせられることの意味をどう解釈したらよいのだろうか。まるで、「不法滞在者」に対しコメント者自身が同情をよせてしまう可能性に恐怖し、これをいわば「予防」しようと攻撃的な姿勢をとっているようにみえないだろうか。

 強制送還はコクミン世論のヘイトを扇動して作り出し、これを利用しながら進められている。でも、そのヘイトは強力でありながら、もろさをかかえているようにみえる。簡単ではないだろうが、絶対にこれをつきくずすことは可能だと私は思う。がんばろう。