2023年6月29日

大村入管死亡事件について 6・24全国集会での発言



 

 6月24日に「これからの闘いに向けた全国集会」(主催:入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合)というのに参加してきました。改悪入管法が6月9日に可決・成立してしまったことを受け、これからの闘いをどう構想していくのか、というテーマの集会です。

 ここで「大村入管死亡事件について」と題して、すこし話をさせてもらいました。大村入管がナイジェリア人男性を餓死するにいたるまで放置した(見殺しにした)背景には、入管庁の収容や送還をめぐるどのような方針・指示があったのか。また、その方針・指示はこの見殺し事件のあと、かわったのか、かわらなかったのか。そういったことをお話ししました。

 そうして話した内容は、記録としてのちに参照できるようにしておく意義もあるのではないかと思い、このブログにのっけておきます。ただ、当日は途中までしか原稿を作っていかなかったので、冒頭の3分の1ぐらいをのぞいて、記憶で再現しています。実際にしゃべった内容とは、すこしずれていると思います。



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「死亡事件」ではなく「殺人事件」

 今日は6月の24日ですが、4年前、2019年の6月24日に、長崎の大村入管センターで、Aさんというナイジェリア人男性が亡くなりました。この4年前の今日起こった事件を忘れてはならない、心に刻まなければならないと思い、今日はその話をさせていただきます。

 「死亡事件」とよく言われるんですけど、Aさんの事件にしろ、ウィシュマさんの事件にしろ、「見殺し事件」と呼ぶべきじゃないかと思います。どちらも、死亡しつつある人を「助けられなかった」という事件ではないんです。だって、助けようとしなかったんだから。助けられる手段はあって、それはぜんぜん難しいことじゃなかった。でも、その助ける手段をとらずに見殺しにした。それは「死亡事件」というより、「見殺し事件」とか「殺人事件」と呼ぶのにふさわしいんじゃないでしょうか。

 具体的に話します。Aさんは、大阪入管と大村入管センターとあわせて、通算3年半ものあいだ入管施設に収容されていました。で、ここから出してほしいとハンガーストライキ、それも水すら飲まない絶食をおこなって、亡くなってしまったわけです。

 入管庁は、その年の10月に調査報告書(「大村入国管理センター被収容者死亡事案に関する調査報告書」)を出しています。これは入管の対応に問題はなかったというようなことを言っている報告書なのですが、Aさんが長期間拘束されて自由がないということを言って、「仮放免でも強制送還でもいいので、ここから出してください」と、そう訴えてハンストをしていたことが記録されているんです。なぜAさんが水すら飲まず完全絶食をしていたのか、大村入管は把握していた、ということです。ということは、入管は、仮放免の許可を検討するからハンストを中止して、医者の診察もうけてくださいと説得することができたし、そう説得すればAさんがハンストを中止する可能性は高かったはずです。

 実際、ハンストなどで危険な状態にある被収容者に対して、入管が仮放免許可をするからと言って食事をとるように説得するという例はぜんぜんめずらしくはないです。入管が収容して自由を制限している人の命を最優先するなら、そうするしかないわけです。ところが、大村のセンターは、そうしなかったんです。水も飲んでないわけだからそのまま放置してたら1週間か10日で死ぬことは分かりきったことなのに、ほったらかしにした。これは見殺しです。入管は「死亡事案」と呼んでいるのですが、「見殺し事件」「殺人事件」と呼ぶべきだと思います。



見殺し事件後も方針をかえなかった入管庁

 ウィシュマさんが見殺しにされた事件と同じですよね。ウィシュマさんはハンストではなく、食べたくても食べられない状態になっていたということでAさんとは違うのですけど、さきほどSTARTの支援者のお話にもあったように、命を救う方法がはっきりしていた、それもぜんぜん難しいことではなかった、でも入管はその方法をとらなかった、それで見殺しにしたということです。入管はAさんやウィシュマさんの命を軽くあつかいました。ではなにを入管が重視したのかといえば、収容を継続するということだったわけです。

 この、収容の継続を重視して、命を軽くあつかうという入管の姿勢は、Aさん事件のあとの入管の対応にはっきりとあらわれています。Aさんが6月24日に亡くなり、その3週間後の7月17日に、入管庁の長官の佐々木聖子さんという人が日本記者クラブで記者会見をしました*1。佐々木長官はここで「長期収容というのが非常に問題だという認識は非常に強く持って」いるとしつつも、「なんとしても送還を迅速におこなうことで長期収容を解消したいというのが入管の基本的な考え」であると述べました。迅速な送還によって、長期収容を解消しようというのが入管の考えだと言ったわけです。

 これは、ちょっとややこしい説明がいるんですけど、Aさんの事件のあとも、入管はこれまでの方針を維持しますよという宣言です。入管は、2010年から15年までのあいだは、長期収容と仮放免について、いまと少し違う方針をとっていました。それはどういうことかというと、「長期収容は問題だ」ということがまずあって、その長期収容を回避するために仮放免の制度を柔軟に活用しますと。そういう通達を入管内部で出し*2、プレスリリースも出し*3、国会答弁や国連なんかにもそう言っていたんです。仮放免を柔軟に活用して長期収容を回避するんだと。それが入管の公式の立場でした。

 ところが、2015年9月にその通達は廃止されました*4。仮放免制度を活用して長期収容を回避するという通達が廃止され、それで、あくまでも送還によって長期収容を解消するんだという方針になったわけです。結局それはムチャな話で、この方針によって2015年以降、全国の入管施設でどんどん収容が長期化していったということは、みなさんご存じのとおりですよね。この方針にのっとって、大村入管は瀕死のAさんに仮放免許可の打診をしなかった、そして見殺しにしたのです。

 ところが、入管庁の長官は、こういう痛ましい事件があってもなお、これまでの方針を変えません、維持しますと宣言した。反省しなかった。見直さなかった。そうして、ウィシュマさんの事件があったということです。Aさんを見殺しにした事件の再発防止に失敗したのです。



本庁指示にもとづく現場での蛮行

 収容が長期になっても仮放免はしないんだと、あくまでも送還が第一であってそのために収容を継続するんだと、そうした方針のもとで、Aさんが見殺しにされました。で、Aさんの死があっても、入管庁の長官はこの方針を改めない、維持すると記者会見の場で宣言しました。

 では、佐々木長官のこの宣言を受けて、入管センターなどの現場はどう対応したのか、ということをお話します。

 このときに入管がおこなった行為は、日本政府による蛮行・残虐行為として歴史に残り、何百年も語り継がれると思います。

 2019年の5月、6月ごろ――Aさんが大村でハンストをおこなったのと同時期ですが――牛久(東日本入管センター)でも、死ぬのを覚悟しての命がけのハンストをやる人が複数出てきていました*5。2015年ぐらいから始まる収容の長期化が、このころには被収容者たちにとって心身の限界にきていたということです。そして、Aさんの死後も、仮放免しないなら死ぬまで続けるという覚悟でのハンストをする人は、牛久でも大村でもつぎつぎに出てきて、やみませんでした。

 これに対し、入管は「仮放免します」と言ってハンストを中止するよう説得し、ハンスト者がハンストをやめると、自力でなんとか歩行できるぐらいまで体力が回復するのを待って仮放免するという対応をとりました。

 ところが、仮放免で収容を解くのはたったの2週間だけ。2週間後にふたたび収容するという措置を入管はとりました。こうしてまた収容された人がふたたび、あるいはみたびハンストすると、入管は2週間だけ仮放免してまた収容するということを、くり返したのです*6

 一度収容を解いて希望をもたせ、それをたたきつぶすということを、入管はくり返しやったわけです。収容が長期化しても仮放免はしない、あくまでも収容を継続し、送還・帰国に追い込むんだという2015年以来の方針は、2019年にAさんの事件があってもかわらなかった。この方針にのっとって、2週間だけ仮放免してまたつかまえるという、魚釣りのキャッチ・アンド・リリースみたいなすさまじい蛮行が、現場ではおこなわれました。

 Aさんの事件から、入管はある意味では教訓をえたといえばえたのです。ただし、それは、殺すところまで追い込んでしまったのはマズイということにすぎなかった。殺さない程度に痛めつけろという入管の考えが、この2週間仮放免と再収容のくり返しにはあらわれています。



改悪入管法成立後も連帯を

 2020年以降、コロナの感染拡大で、被収容者数を減らすという入管の方針があり、これに応じて収容の長期化はある程度解消してはいます。しかし、さきに述べた人命軽視の方針が続いていることは、ウィシュマさんの事件からもあきらかです。

 で、今回成立した改悪入管法。これは、いま述べてきたような送還強硬方針の延長線上にあるものです。この法律が成立してしまったということは、その以前からの送還強硬方針を入管が今後も続けていくのを後押しすることになると思います。そして、入管が送還を強硬にすすめていこうとしたときに、そのおもな方法は、収容です。仮放免者を再収容する、長期収容する、そうして痛めつけて、帰国を強要する、ということを今後ますます強化してくる可能性が高い。

 しかし、今回の入管法改悪に反対する運動が大きく盛り上がり、たくさんの人が入管の差別や人権侵害の問題に関心をもち、さらに行動にうつすのを目にして、とても勇気づけられました。入管を包囲する私たちの連帯は、いままでになく強くなっていると思います。長期収容させない。再収容させない。送還させない。入管が「送還忌避者」と呼ぶ、送還を拒否せざるをえない人びとについて、難民認定審査の適正化と在留特別許可によって入管に在留資格を出させる。そのために知恵を出し合い、ともに力を合わせましょう。



《注》

*1: 会見の動画は、以下のページにリンクされている。
 佐々木聖子・出入国在留管理庁長官 会見 | 日本記者クラブ JapanNationalPressClub (JNPC) 

*2: 2010年7月27日、法務省入国管理局局長長「退去強制令書により収容する者の仮放免に関する検証等について(通達)」   

*3: 2010年7月30日、法務省入国管理局「プレスリリース 退去強制令書により収容する者の仮放免に関する検証等について」   

*4: 2015年9月18日「退去強制令書により収容する者の仮放免措置に係る運用と動静監視について(通達)」 

 *5: 2019年5月ごろから東日本入管センターで命がけのハンストを実行する被収容者が出てきたことについて、以下は仮放免者の会による記録。
 長期収容への抗議を!(東日本入管でのハンストをめぐって)(2019年6月19日)
 東日本入管センターでのハンスト、50日近くになる人も(2019年6月25日) 

 *6: 以下は、2週間仮放免と収容のくり返しについて、東日本および大村の入管センターに対する抗議の記録。
 【抗議声明】入管による見せしめ・恫喝を目的とした再収容について(2019年7月29日)
 東日本入管センターに抗議しました――仮放免2週間ののちの再収容について(2019年8月6日)
 再収容および長期収容について抗議の申し入れ(8/21、東日本入管センターに)(2019年8月27日)
 【抗議のよびかけ】人命をもてあそぶ入管による再々収容について(2019年10月29日)
 10月30日 大村入管センターに抗議・申し入れ(被収容者死亡事件とハンスト者の再収容等について)(2019年11月5日)

2023年6月16日

「ルールを破る者のせいで」と言うまえに


  今回もまた入管法改悪に関係する話ですが。

 山本太郎参議院議員が、8日の参院法務委員会での法案の採決のさい、委員長席のほうに飛びかかるような動作をしたことが問題にされている。

 9日には与党の自民・公明、「ゆ」党の維新・国民民主ばかりか、野党の立憲までもが名をつらねるかたちで、山本氏に対する懲罰動議が共同提出された。採決にいたる法務大臣はじめ政府側の国会審議での不誠実さ(立法事実にいくつもの重大な疑念がつきつけられているのに、逃げまわってまともに応答しなかった)が問われないいっぽうで、これを体を使って阻止しようとした山本氏の行動ばかりが問題にされるのは、ほとんど「あべこべ」と言うしかないほどバランスを欠いている。

 この懲罰動議の動きに対しては、「入管事件を闘う大阪弁護士有志の会」がいち早く批判の声明を出している。

れいわ新選組代表山本太郎議員に対して懲罰しないことを求める声明


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 さて、ここまでが前振り。ここから本題です。

 山本氏の行動に対しては、入管法改悪への反対運動に取り組んできたひとのなかからも、批判が出ている。批判が出ること自体はあたりまえなのだけど、そのなかには「こういう批判はまずいのではないか」と思うものがあった。

 それは、山本氏の行動を「ルールを破る」ものだという点で批判するものである。いわく、ルールを守ってその枠のなかでやってきた多くの地道な活動が、山本氏の「ルールを破る」行動のせいで、これと同一視されレッテル貼りをされ否定されてしまうのだ、と。

 これはほんとうにまずい批判だと思う。そして、同様のロジックによる批判は、今後ともくり返し出てくるのではないかと、危惧している。

 そういうわけで、今回の山本氏の行動についての評価とはべつに、上記のようなロジックでの批判をどうとらえたらよいのか、今後のために少し考察しておきたいと思う。具体的なことはこういう不特定多数の人がアクセスできるところには書きにくいので書きませんが、そこは想像力とかでおぎなって読んでもらえるとありがたいです、すみませんが。


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 さて、この批判者の、自分(たち)はルールの枠内でやりたいという意思はもちろん否定すべきものではないです。私も、できるかぎりルールの中でやりたいと思うし、実際、そう思っていままでやってきました。ルールから外れると、権力からの弾圧も引き起こしやすいだけでなく、自分の身近にいる人たちとのあつれきを生むことも多い。

 でも、入管問題や非正規滞在の人の支援に取り組んでいると(他の取り組みでも多かれ少なかれ同様のことはあるのかもだけど)、ルールの枠内でやろうにも、それだけではどうにもならないという場面は出てきたりもする。いま危機にさらされてる命を守るには、ルールなんか守ってられないということもありうる。ここで私の言っている「ルール」には、違反すると刑罰を科されることもあるような法令もふくむ。警察が社会運動を弾圧しようとするさいには、まったく違法行為などなくても平気でこれをでっち上げることさえするくらいなのだから、支援者をなんらかの口実をつけて違法行為に問うことなど、弾圧する側からしたらいくらでも好きなようにできる。

 しかも、さきの批判者の理屈だと、なにをもって「ルールを破る」行動とするのかは、世間の多数者の見方・評価に依存するということにもなってしまう。入管問題に取り組む者の一部が「ルールを破る」行動をとることで、そうした活動をしている人全体がレッテル貼りをされ、世間から否定的にみられてしまうのが問題だというわけだから。このように世間の見方に依存するかたちで、「ルールを破る」行動はつつしまなければならないということが強く言われるようになれば、運動や支援は萎縮せざるをえないし、それが実現しうる可能性をみずからせばめてしまうことにもなるだろう。そこでは世間(マジョリティ)が反発しそうなことは、なかなかできなくなる。それはマイノリティの権利を獲得していこうとする運動において、自殺行為とすら言えるのではないか。

 それに、ルールそのものがかならずしも公平ではなく、より大きな権力を持った者に有利につくられているということも、しばしばある。力と権利をうばわれている者ほど、生きていくなかでルールを侵犯したとみなされるリスクがあちらこちらに転がっている。これを支援しようとする者も、当事者ほどではもちろんないにせよ、多少はそのリスクをかかえこむことになる。さらに、支援者自身がマイノリティ属性を多分にもつ場合も少なくないのであって、自身より弱い立場にある人を助けようとしたばかりに、自身も「ルール違反」に問われ、のっぴきならない状況に追い込まれてしまうということも、たびたびおこっている。

 今回、国会で成立してしまった改悪入管法は、「送還忌避」を犯罪「化」することで、在留資格を付与されていない外国人はもちろん、さらにその支援者も共犯者として、処罰の網にかけようとするものでもある。「ルールを破る」行動が入管問題に取り組む運動全体への世間のイメージ悪化をもたらし、その足をひっぱっているのだ、というような非難をしているようでは、それこそ「敵の思うつぼ」ではないだろうか。


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 くり返し言いますが、もちろん、ルールを侵犯せずにできるだけ穏当に運動をやりたいという意思は、否定されるべきものではない。自分は比較的安全な場所にいてそこから抗議しようということは、責められるようなことでない。人それぞれおかれている立場・状況はちがうのであって、ルールを侵犯しているとみなされるリスク、そうみなされたときにこうむる損害もちがう。

 しかし、自分たちはルールを守って「地道に」「まっとうに」やっているのに、ルールを破るあいつらのせいで、うちらのイメージも悪くなるじゃあないか、というふうに、自分たちとあいつらを切断してしまうのは、まずいと思う。そこをあっさり切断してしまうのではなく、つながる経路を残しながら連動し、ゆるやかであっても連帯していくことができればなあと、私は思う。そのための知恵と実践を今後、つみかさねていきたいものです。




2023年6月13日

「保安上支障がある」との理由で難民認定申請書の差入れを不許可にした事例(大阪入管)

 

 ツイッターで、東京入管職員が被収容者の難民申請を妨害しているとの投稿があった。


昨日東京入管へ行って分かったことだが、現在女性被収容者のブロックでは難民申請のための書類を職員が渡すのを拒否している。

外部の人が差し入れたものを記入し提出しようとしても職員に「受理しない」と言われるという。

たった1ヶ月前に男性の被収容者と面会した時はその場で申請書類を貰えた。

https://twitter.com/Tommyhasegawa/status/1667303311828217856


 私も1年半ほど前(2021年12月)に、大阪入管で似たようなケースに出くわしたことがある。やはり処遇部門の職員(入国警備官)が難民申請書を渡すのを拒否したという事例だ。

 ただし、上記のツイッターのケースは難民申請をする意思のある被収容者に申請用紙を手渡すのを拒否したというのに対し、私が出くわした大阪でのケースは、私が本人に難民申請用紙を差し入れようとしたのを、大阪入管が「保安上の理由」で許可しなかったというものであって、そこは同じではない。

 あとで言うように、大阪入管が面会を許可せずに翌日には送還を実施したため、私は結局このかたに会えず、難民申請をしたかったのかどうかの意思確認ができなかった。それで、この件は当時ちゃんと問題化しようとしなかったのだけど、やはり見すごせない問題がある。ということで、ここにとりあえず記録し、公開することにしました。



 ことの経緯は以下のとおり。

 2021年12月17日の昼ごろ、仮放免中の女性が難民申請の審査請求を棄却されて大阪入管に収容されたとの情報が、同国人のコミュニティから寄せられた。この人は妊娠しているということであった。

 妊娠しているにもかかわらず収容したということは、入管は収容が長引くのを想定していないはずで、つまり即日あるいは近日中に送還する準備(航空券や渡航証など)をすでに終えているだろうと考えられた。

 本人が帰国しても危険がなく送還に同意しているのであればいいが、私としては、このかたが難民申請していたらしいという情報が気になった。帰国しても危険はないのだろうか、と。

 また、入管職員が「難民申請は2回までしかできない」という虚偽の説明(実際は申請できる回数に上限はない)をしたという話を、この時期、複数の仮放免者から聞いていたので、この女性も虚偽の説明を受けて不本意ながら再申請を断念している可能性もありうると考えた。

 そういうわけで、このかたに面会して難民認定申請の再申請ができることをつたえたうえで、そうしたいとの意思確認ができれば、大阪入管に送還を中止して申請を受け付けるように申し入れよう、と。そのつもりで面会申出書を大阪入管で出した。同じ17日の16時少しまえであった。同時に、私の名刺と難民認定申請書(入管庁のウェブサイトからダウンロードして印刷したもの)を差し入れた。

 ところが、40分以上待たされたのち職員が出てきて、面会も差し入れも「保安上の理由」で許可しないと言われた。面会はともかく、名刺や申請書といった紙きれがどうして「保安上」の支障があるのか説明してほしいとくりかえし求めたが、職員はいっさいの説明をこばんだ。入管施設は、人を閉じこめて自由をうばう施設なので、「逃亡」につながるような物、あるいは自傷行為につながったり武器になりうるような危険物の外部からの差し入れは、「保安上の支障」があるので許可できないという理屈は理解できる。しかし、難民申請書がどう「保安上」問題になるのか、まったく理解ができない。

 結局、この日は面会も難民認定申請書の差し入れも許可されなかったためできなかった。そして、このかたは翌18日の便の飛行機で送還されてしまった。



 以上の経緯からみるに、大阪入管が私の面会と難民認定申請書の差入れを許可しなかった理由は、被収容者が難民申請をして翌日の送還を中止せざるをえなくなることを危惧したからだと考えるしかない。ということは、このかたがあらためて難民として保護を求める可能性があると大阪入管は認識したうえで、送還を強行したということだ。

 なお、私とはべつの、仲間の支援者が抗議の電話をかけてくれたのだが、大阪入管はこの支援者に「知らない人からの面会と差し入れということで、被収容者本人がことわったのです」と説明したそうだ。職員(処遇部門の面会担当)が私に説明した「保安上の理由」で「(大阪入管が)許可しなかった」という話と完全に矛盾する。

 後日、大阪入管に保有個人情報開示請求をかけてみたら、以下に画像をのせた文書が開示された(黒塗りは大阪入管が、青塗りは私がマスキングしたところ)。「保安上支障があるとして、面会及び差入れのいずれも不許可処分とし」たと、はっきり書いてある。「(入管は許可したけれど)被収容者本人がことわった」という話とはぜんぜんちがう。職員氏、しれっとウソつくなよなあ。びっくりするわ。

「〇〇〇〇の被収容者に対する支援者
の面会等申出に係る対応について」


 ところで、これも画像(記事末尾)で示したように、「電話記録書」という文書も開示された。大阪入管と本庁(入管庁)警備課とのあいだの電話の内容を記録した文書のようである。(本記事で紹介した文書はいずれも「大阪出入国在留管理局が保有する令和3年12月17日に開示請求者本人が提出した面会・物品授与許可申出書に係る警備処遇関係報告書(開示請求者本人の個人情報が含まれない書類を除く。)」として大阪入管から開示されたものである)

 例によって内容はすべて黒塗りにで日付すらかくされているが、私が12月17日に面会と差入れの申し出をしたのに対して、大阪入管が本庁に指示をあおいだ電話の会話内容が記録されていると考えてまちがいないだろう。だとすると、本庁の監督のもと、大阪入管は「保安上支障がある」との理由で、難民申請書が被収容者にわたるのを阻止したということになる。

 冒頭のツイッターに投稿された東京入管のケースもそうだが、送還を強行するために難民申請書が被収容者の手にわたらないようにしているということであって、つまり入管が収容して身体を拘束している人の申請を妨害し、その権利をうばっているのだ。

「電話記録書」1ページ

「電話記録書」2ページ

「電話記録書」3ページ


2023年6月12日

入管法改悪案の可決・成立をうけて 「負け惜しみ」ではなく

  入管法改悪案が9日に参議院本会議で強行採決され成立し、3日たちました。

 「落胆していない」と言えばウソになります。強がるつもりはないし、負け惜しみを言うつもりもない。

 だけど、たんに勝ち馬に乗ろうという生き方をするのではないのなら、負けないというわけにはいかないのであって、負けながらも自身の意志をたもち、負けながらも意志をともにする者との連帯をきずき、負けてくやしがりながらもくやしがることをやめない、というふうに続けていくしかないのだと思います。

 あと、負ける過程で得られるものも少なくはないのだということも、負け惜しみで言うのではなく、今回の負けをとおしてわかりました。まだまだいけるぞ、と、負けることでかえってそういう気持ちになりました。



 法案が通った日にフェイスブックに投稿した文章を、以下にのせておきます。


 くやしいことに、入管法改悪案、今日の参議院本会議で可決成立しました。

 しかし、私たちの仲間の命と人生がかかっていることであって、「あきらめる」という選択肢などありません。

 まだまだやれること、やるべきことはあります。

 法の施行までまだ1年あります。改悪法案を廃止するための闘いもできる。

 そして、入管が「送還忌避者」と呼ぶ人たちを送還から守るための闘いもこれから。そのための有効な手段は、この人たちの在留資格を獲得することです。入管にそれを認めさせることです。

 この間の闘いで、入管の難民審査のイカサマとしか言いようのない実態、収容施設の医療体制のひどさ、職員による被収容者への暴行の常態化など、さまざまな問題が暴露されました。

 全国各地で改悪法案反対のアクションがおこり、入管の人権侵害にいきどおる人たちがそれぞれ動き始めています。

 改悪法案の廃止にむけて、在留資格の獲得にむけて、人権侵害をすすめてきた者たちの責任追及と処罰にむけて、いままでになく大きな力と可能性を私たちは持ちつつあると思います。

 法案成立にめげずにまず各地でまた集まりましょう。大阪ではとりあえず今日、梅田ヨドバシカメラ前で19:00からアクション(街宣)があります。今後のことを話しましょう。


 

2023年6月9日

大阪入管現役職員の「激白」について

 


 MBS(毎日放送)がこんな記事を公開している。


【独自】大阪入管の現役職員が激白 入管法改正案は『どうでもいいかな。現場は何も変わらない』『命令には絶対服従』語る組織の実態は | 特集 | MBSニュース(23/06/08 17:30)


 動画では、職員(入国警備官)の肉声は加工されていないようだし、語っている内容をみても、まあ入管の仕込みとみてまちがいないだろう。大阪入管の常勤医師による酒酔い診察があきらかになり、入管施設の医療体制問題に批判がむけられているので、これに対する火消しのために職員にしゃべらせているということだろう。「お、内部告発か?」と一瞬だけ期待して損しちゃった。

 “酒酔い医師”など問題視されている大阪入管の医療体制についてはどう思うか聞かれて、職員氏、こう答えている。

「今はめちゃめちゃ昔と比べたら充実しているなと思います。私らが採用の頃はいませんでしたから、お医者さん。外に連れていくしかないんで。これは本庁からも通達が出ていまして『自分の判断はするな』と。『躊躇せずに救急車を呼びなさい』というお達しがありますので、そこは我々は割り切りますね。素人判断はしない」

 酒酔い医師のことで騒がれてるけど入管の医療体制はちゃんとしてるんですよというアピールをしているわけだが、現に医療ネグレクトによる死亡事故が頻繁に起きているという現実をもうすこしまじめにふまえたコメントをしてほしいものである。

 たしかに、この職員が言っているような通達は本庁から出されてはいる(以下、太字強調は引用者)。


 被収容者から体調不良の訴えがあった場合は、その内容を十分に聴取するとともに、体温測定や血圧測定により身体状況を的確に把握した上、診察の要否について医師等の判断を仰ぐ又は速やかに医師の診断を受けさせるなど病状に応じた適切な措置を講じること。時間帯により看守責任者等が当該被収容者への対応を判断せざるを得ない場合は、体温測定等の結果に異状が見られなくとも、安易に重篤な症状にはないと判断せず、ちゅうちょすることなく救急車の出動を要請すること

(2018年3月5日付、法務省入国管理局長指示「被収容者の健康状態及び動静把握の徹底について」)


 ちゅうちょせず救急車を呼べと書かれているけれど、これは2018年の通達である。この通達があっても、3年後の2021年3月に名古屋入管でウィシュマ・サンダマリさんは、あきらかに重篤な症状にあったにもかかわらず、救急車を呼ばれることなく見殺しにされた。この通達は結局はこの見殺し事件をふせげなかたのである。

 そんな通達の存在を示して、「今はめちゃめちゃ昔と比べたら[医療体制が]充実しているなと思います」とか、ふざけないでほしいと思う。なぜこの通達があってもウィシュマさんの死をふせげなかったのか、ということこそ、真剣に検討すべき課題でなないのか。

 それはたんに医療体制の問題なのか? 収容や送還をめぐる入管の政策・方針をも問わなければならないのではないのか?

 まあ、毎日放送のニュースで「激白」している現役職員氏を攻撃したいわけではない。このかたがしゃべってるのは、組織の考え方だからね。大阪入管はこういうふうに匿名の職員に語らせるのではなく、局長なりせめて首席警備官なりが堂々とカメラの前に出てきてしゃべれよな、と思いました。広報のしかたが姑息すぎる。


 ところで、入管施設の医療体制について「施設の医師に成り手がいないのが悩みだといいます」と問われたのに対する以下の職員氏の答え。これなんかも、まさしく入管の主張にそったものである。

「先生(医師)がこれちゃんとやりなさいと言ってもちゃんとやらない人とか、先生に悪態をつく人とか結構多いんで。先生も疲弊していく感じはみてとれます」

 医者がすぐにやめちゃってなかなか確保できないのは、患者(被収容者)のせいなんだって! 責任転嫁の屁理屈としか言いようがない。これもまさしく入管の考えであって、ウィシュマさん事件を機に法務大臣が設置した有識者会議による報告書「入管収容施設における医療体制の強化に関する提言」(2022年2月28日)がまさしくこの責任転嫁の姿勢で書かれている。つまり、医師の判断・指示に従わない被収容者や拒食や自傷行為をする被収容者がいるから、医師の確保がままならなくなっているのだと、そういうことを言っているのである。

 一方でこの報告書、被収容者や収容経験者に話を聞くなどして、なぜ被収容者が医師の判断・指示を信用できないのか、どうして医師・患者間の信頼関係がなかなかきずかれないのか、どういうわけで拒食や自傷行為をする人があとをたたないのか、といったことはまったく調べもせず、問いもしない。

 このあたりの問いというのは、まさしく入管の収容や送還をめぐる法制度や政策・方針が関係してくるもので、「医療体制」というところを考えるだけでは解くことができない問題である。


 ウィシュマさん事件は、入管施設の「医療体制」問題としてのみ見たのでは、まったく空虚な議論しかできませんよ、ということは、「入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合」のホームページで公開されている以下の声明で、批判されている。さきの有識者会議の報告書に対する批判である。



 「入管は被収容者の生命を尊重しようとしたが、医療体制が不十分だったためにウィシュマさんが亡くなった」のではない。被収容者の生命よりも収容・送還の執行を優先する方針のもとで、ウィシュマさんは「医療放置」「医療ネグレクト」によって見殺しにされたのである。こうした方針が改められることなく、「医療体制」が「強化」されたところで、ウィシュマさんのように入管の医療放置により命を落とす犠牲者は今後もなくなることはないであろう。
 ウィシュマさん事件は、決して「医療体制」の問題ではない。名古屋入管の現場職員の問題にもとどまりません。上記の方針のもとで退去強制業務をすすめてきた政府・与党および入管庁(旧法務省入国管理局)幹部の責任が問われるべき問題である。

「入管収容施設における医療体制の強化に関する提言」に対する見解


 今日参院本会議で採決されようとしている入管法改悪案は、まさにこのウィシュマさんを殺した「被収容者の生命よりも収容・送還の執行を優先する」入管の体制を温存し、さらにこれを強化するものである。成立、また施行させては絶対にいけない。


2023年6月8日

「入管法改悪反対 緊急 大阪大街宣」参加しました


 あす(8日)参議院法務委員会での強行採決のおそれあり、ということで、「入管法改悪反対 緊急 大阪大街宣」に行ってきました。

 法案が参議院に送られて以降、法案の前提が大きくずれる情報が、連日つぎからつぎへとあきらかになっています。難民審査参与員の制度が破綻しており、入管職員による一次審査をたんに追認するだけのものになっていること。大阪入管で発覚した常勤医師が酒に酔った状態で被収容者を診察していた問題を、法務大臣と入管庁が隠して国会審議にのぞんでいたこと。これらが野党議員たち(維新と国民民主は除く)の追及をとおして、国会で暴露されてきたのです。

 ところが、与党らは6日(火)の強行採決をくわだて、これは立憲民主党が法務大臣問責決議案を提出して阻止。しかし、7日の参院本会議で問責決議案は否決され、暴露されたもろもろの問題は審議されないまま与党らによってフタをされ、翌8日の強行採決があやぶまれている。

 そういう状況で、なんとか強行採決をふたたび阻止しなければという思いで、アクションには参加しました。

 ありがたいことに、3分ほどスピーチする時間をいただきました。街宣車の上に乗ってマイクでしゃべらせてもらったのですが、参加者みんなの熱気がすごかった。なんとか強行採決を阻止して廃案に追い込みたいという強い思いが共有できたと思います。

 今回は3分というタイトな時間制限があったので、まえもって原稿をつくっていきました。こんなことをしゃべりました、というのを、せっかくなので最後に載せておきます。

 ちなみに、参加者は300名との主催者発表です。この間、一連の大阪での入管法改悪反対の行動では、5月20日の扇町公園→梅田OSデモが500名でしたが、街宣としては今回が最大規模ではなかったかと思います。


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 こんにちは。永井と申します。入管施設に収容された人や仮放免者を支援する活動を十何年かしております。

 最近、入管法の国会審議のなかで、入管法改悪法案の前提となる事実がウソだったり隠蔽されていたりということが、野党の追及などによってつぎつぎと明らかになっています。くわしい話はみなさんされると思うので、私からはここでは話しません。

 ただ、最初の最初から、この入管法改悪の動きはデタラメだったということを、いまここで振り返ってみたいと思います。

 最初に、法務省・入管が法律を変えなければいけないと言い出したのは、長期収容問題を解決しなければならないということでした。で、長期収容問題が起きるのは、「送還忌避者」――そう入管は呼んでるんですが――送還をこばんでいる人のせいだというのが入管の理屈でした。そして、「送還忌避者」は、難民の制度を悪用・濫用してくり返し難民申請するのがけしからん、だからくり返しの難民申請者は強制送還してもよいことにしよう、と。これが入管の主張です。

 でも、これ全部デタラメです。まず長期収容問題はなぜ起きるのか? 入管のせいでしょう? 入管が長期収容するから長期収容問題が起きるんです。入管が長期収容しなければ、長期収容問題は起きません。

 そして、「送還忌避者」と入管が呼ぶ人は、どうして生じるんですか? ひとつには、難民を認めないからでしょう。もうひとつには、在留特別許可の制度をちゃんと運用しないで、退去強制処分をドカドカと出しまくるからでしょう。

 長期収容の問題も、いわゆる「送還忌避者」なるものも、入管が作り出しているのです。しかし、入管はいつもそうなんですが、あべこべに送還忌避者のせいだ、外国人がわるいと、責任を転嫁します。自分たちのことはタナにあげて、なんでもかんでも人のせい、外国人のせい、これが入管のいつもの主張です。それで、難民認定制度をいま以上に骨抜きにしたり、「送還忌避者」に刑罰を科したりしよう、というのが今回の入管法改悪案の内容ですよね。

 でも、本当に変わらなければならないのは、入管のやり方です。それを変えさせるための力が私たちにあるということが、この場所に集まっているみなさんの熱気、全国でおこなわれている入管法改悪反対のアクションの熱気から感じ取ることができると思います。

 この改悪入管法案をみんなの力でつぶしましょう。そして、入管が「送還忌避者」などと呼んでいる存在は、私たちにとっては隣人です。ともにこの日本社会を作っている隣人です。現状は、難民認定も、退去強制手続きも、入管が自分たちだけの都合で好き勝手に運用し、牛耳っています。しかし、私たちの隣人たちのことをおまえら入管だけで勝手に決めるんじゃない、難民審査は国際基準にきちんとのっとれ、われわれの隣人を勝手に排除するな、送還するなとともに声をあげていきましょう。世紀の悪法をつぶしたうえで、この熱気をたもち、ともに生きる社会をいっしょに作っていきましょう。

 以上です。


2023年6月4日

大阪入管常勤医「不法滞在なんだから早く帰りなさい」発言の考察

 

 大阪入管の常勤医師の件について、以下の毎日新聞報道をもとに考えたい。

医師が酒酔いで診察疑い 野党国会議員が大阪入管視察 | 毎日新聞(2023/6/3 16:16)

 大阪出入国在留管理局(大阪入管、大阪市住之江区)で勤務する女性医師が酒に酔って診察した疑いがもたれている問題で、野党の国会議員ら6人が2日、大阪入管を視察した。同局は女性医師を1月20日に検査し、呼気から一定のアルコールを検出したことを議員らに明らかにした。1月中には出入国在留管理庁に、2月下旬には斎藤健法相に女性医師の問題が伝えられたが、入管法改正案の審議が続く国会には報告されなかった。


 2月下旬には法務大臣が知っていたということなので、法務大臣および入管庁はこの問題を3か月以上にわたり隠蔽しながら入管法審議にあたっていたということになる。

 2021年3月6日の名古屋入管でのウィシュマさん死亡事件を受け、入管庁は医療体制の強化に取り組むとしており、その成果のひとつとして自賛してきたのが常勤医の確保ということであった(下の画像参照。画像は出入国在留管理庁のウェブサイトで公開されている資料「改善策の取組状況」2003年4月より)。

 その収容施設における医療体制の強化への取り組みは、今回の法案を成立させるための重要な前提のひとつでもあったはずだ。ところが、大阪入管では常勤医が確保できても「医療体制の強化」につながっていない。それどころか、新たに確保した常勤医が被収容者の生命・健康をおびやかしている。今回の酒酔い診察の件から明らかになったのは、そうした実態である。これを3か月以上にわたって隠しながら法案審議に対応していた法務大臣は、解任すべきだろう。


 さて、この常勤医の問題は、酒に酔った状態で診療にあたっていたということにはとどまらない。上記記事よりもう1か所引用する。


 議員らは入管訪問について報告後、関西で難民・外国人支援にかかわる団体と意見交換した。支援団体からは、昨年9月以降、収容中の複数の外国人から女性医師への不満が相次いでいたことが報告された。「不法滞在なんだから早く帰りなさい」などの暴言をはかれたり、不適切な薬を処方されて体調が悪化したりしたなどの訴えがあったという。


 暴言や不適切な薬の処方は、酒酔い診療におとらず被収容者の生命・健康をおびやかしかねない深刻な問題であって、徹底的に実態調査し解明すべきものだ。それなしに法案の採決などありえない。

 なお、入管医療においては、診察はかならず入管職員(入国警備官)が立ち会っておこなわれるという点が重要だ。つまり、診察時の医師の言動について、入管が「知らなかった」ということはありえない、ということである。

 この点をふまえたうえで、上の毎日新聞記事にとりあげられている医者の暴言、「不法滞在なんだから早く帰りなさい」の意味を考えなければならない。これは、医療人としてあるまじき発言であって、送還を執行する入国警備官の発言かとみまがうような発言である。医療が送還業務と一体化しているのである。医師の独立性なんてまったくない。医療人が送還業務をになう入国警備官の道具たることをみずから買って出ているのだ。

 そして、さらに重要なのは、医者がこういう発言をしても、診察に立ち会っている職員はこれを制止することはない、という点である。職員は「先生はそんなことをおっしゃらないでください。『不法滞在なんだから早く帰りなさい』と言うのはわれわれの任務であって、先生の仕事は医師として患者を診ることです」なんてことは、言わないのである。

 入管職員がそんなこと言わないのは当たり前じゃないかと思われるかもしれない。でも、ここは大事なところである。医師の独立性が担保されておらず、医療が送還業務と一体化し、あるいはそこに従属しているという現状について、入管組織にはそれが問題だという認識がそもそもない職員にもそのような教育はいっさいおこなわれない。だから、医者が「不法滞在なんだから早く帰りなさい」などと暴言をはいても、問題にならない。だって、組織としてそれが問題とすべき暴言なのだという認識がないわけだから。収容施設の医療なんて、自分たちの退去強制業務の道具だと、そう思っていていっさい疑わないわけ、入管組織の中の人たちは。

 こんな医療の位置づけなのだから、死亡事件が起きるのはあたりまえだ。「不法滞在なんだから」うんぬんという医者の暴言を、「暴言」と認識できず、「問題」と気づくことすらなく、許容・容認してしまっている。そのような組織が運営する施設で医療が医療としての役目をはたせるわけがなく、そこでウィシュマさん事件のようなことがくりかえされるのは必然である。

 この点でも、大阪入管常勤医の問題は、徹底的に調査・究明され、情報開示されるべきであって、それぬきに法案の審議、ひいては採決などありえないはずだ。