2021年9月19日

「不法残留」の通報は、人命や感染症対策よりも重要なのですか?


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 新型コロナにかかって自分で救急車を呼んだ外国籍の方が、オーバーステイであることが「判明」し、病院を退院後に逮捕されたということが報道されている。兵庫県での事例だ。


新型コロナで療養中に不法残留が判明 スリランカ人の男、中等症で入院 退院後に逮捕|事件・事故|神戸新聞NEXT(2021/9/18 18:20)


 この人がオーバーステイであることを、どういう経緯で警察が知ることになったのか、報道からはわからない。だれかが警察か入管に通報したのだろう。だれが通報したのか知らないが、そういうことはやめてほしい。


 ここで報道されているような出来事があると、オーバーステイ状態にある人は、「摘発」を覚悟しないと救急車を呼んだり病院に行ったりできなくなってしまう。今回の報道されているケースでどうだったのかは不明だが、病院や保健所、消防署の職員が警察や入管に通報することがありうるのだということになれば、オーバーステイの人たちは、深刻な体調不良があっても医療にかかることをますますためらうようになるだろう。


 入管庁の公表している資料によると、2020年1月時点での「不法残留者」数は8万人強。法務省や入管・警察などがわざわざ「不法」という言葉をくっつけて否定的な印象づけをしているけれど、たんに入管に許可された在留期間をこえて在留しているということにすぎない。すくなくとも、本人が治療を求めてきたところを警察や入管に通報して逮捕させなければならないような緊急の必要性などまったくない。それどころか、通報することによって、上に述べたように、本人だけでなく他のオーバーステイ状態にある人たちの命も危険にさらすことになる。ましてや、感染した疑いがあってもこわくて病院に行けないような状況を作ってしまうことは、防疫、あるいは感染症対策としても愚策中の愚策と言うべきだろう。


 あるいは、「違反」は「違反」なのだから、しかるべき機関に通報するのは当然じゃないかと考えるむきもあるのかもしれない。しかし、そう考えるのだとしても、まっさきに優先すべきことがそれなのか、よく考えてほしい。治療の必要な人を治療することや、感染症が広がらないように対策することをむずかしくしてまで、オーバーステイを通報することが大事なのですか、と。





 さて、ここから先で書くことは、余談といえば余談なのですが、広く知られてほしいなあと思う情報です。


https://www.mhlw.go.jp/content/000798935.pdf


 リンクしたのは、厚生労働省のサイトで公表されている「新型コロナウイルス感染症対策を行うに当たっての出入国管理及び難民認定法第62条第2項に基づく通報義務の取扱いについて」という文書です。厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部というところが、各地方自治体にむけて今年の6月28日に「事務連絡」として出したものです。


 入管法はその第62条第2項で、公務員の通報義務というものをさだめています。オーバーステイなど退去強制の対象になる外国人をみつけたら通報せよというものです。これはあくまでも原則です。


 いっぽうで、この原則に対して例外もあるよ、ということを法務省入管(当時)は2003年の通知で示しています。つまり、通報することで行政目的が達成できなくなるような場合は、通報しなくてもよいですよ、としているわけです。たとえば、市役所にDV(ドメスティック・バイオレンス)の被害を相談に来た人や、国公立の病院に来た患者を、「不法残留」だからといっていちいち入管に通報していたら、オーバーステイなどの人は安心して市役所や病院に来れなくなってしまいます。役所などにとっては、被害者の保護や患者への医療提供といった行政目的を達せられなくなってしまう。そういった場合は通報しなくてもよいです、通報義務の例外としますよ、と入管も言ってるのです。


 上のリンク先の文書は、新型コロナウイルスにおいても、公務員の通報義務の例外にあたるので、オーバーステイなどの人を見つけても通報しなくてよいということを、厚労省がわざわざ示したものです。しかも、入管法のさだめる通報義務は公務員に課されたものだから、民間病院の職員にはそもそも通報義務なんてないですからねということまで、いちいち書きそえられています。


 国でさえ、新型コロナウイルスについて、このように言ってるのです。最初に述べた兵庫県の事例では、だれが通報したのかわかりませんが(通報者が公務員なのかそうでないのかもふくめ)、通報は正しい選択ではなかったと断言できるのではないでしょうか。


2021年7月22日

在留カードと読み取りアプリ


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1.在留カード読みとりアプリ


 出入国管理庁(入管庁)がそのウェブサイトで、「在留カード等読取アプリケーション」なるものを無料配布している。


在留カード等読取アプリケーション サポートページ | 出入国在留管理庁


 これは、外国人住民の持つ在留カードや特別永住者証明書が偽造されたものかどうかを調べることができるアプリだ。このアプリを入れたスマートフォンを在留カードなどにかざすと、カードに埋め込まれたICチップに記録されたデータを読み込むことができるというもののようだ。


 入管庁がこうしたアプリを無料でだれでもダウンロードできるかたちで配布しているということについては、当然ながら批判がなされている。たとえば、以下の東京新聞記事では、「アプリが差別を助長する可能性を想定できなかったのか」(伊藤和子氏)、「外国人の監視に市民が動員される」(鈴木江理子氏)といった批判的なコメントが紹介されている。


【動画あり】「外国人監視に市民を動員」入管庁が在留カード真偽読取アプリを一般公開 難民懇が問題視:東京新聞 TOKYO Web(2021年6月15日 20時37分)


 これらの批判には全面的に同意しつつ、しかし同時に、そもそも在留カードというものを通してなされてきた外国人管理システム自体を批判的にみていかなければならない、ということも思う。今回のアプリ以前に、在留カードそのものを批判的に問わなければならない。




2.2012年に導入された在留カード


 さて、くだんのアプリは、在留カードの偽造を見分け、これを防止することを目的にしたものだろう。在留カードを偽造して売っている人がいるわけで、そうした行為がよいことだとは思わないけれど、これを買う人たちには切実な事情があることもある。なぜ偽造カードが必要とされるのかという点は、考える必要があるだろう。


 在留カードの導入がきまったのは、2009年の入管法改定によってである。それ以前の制度においては、外国人の在留情報は、2つの法律のもとで二元的に管理されていた。入管法と外国人登録法である。入管法にもとづいて入国管理局が外国人の出入国と在留の管理をおこなう一方、市区町村が外国人登録に関わる実務をになっていた。この従来の制度のもとでは、オーバーステイなどで在留資格のない外国人でも自分の住んでいる市区町村に届け出れば外国人登録をすることができ、限定的ながら一部の住民サービスを受けることもできた。


 2009年に入管法が改定されるとともに外国人登録法は廃止されることになり、2012年7月から外国人の在留情報は国(入管)によって一元的に管理されることになった。従来の「外国人登録証」にかわり、「在留カード」または「特別永住者証明書」が交付されることになった。しかし、在留資格のない非正規滞在外国人は交付を受けられず、住民登録から排除された、住民としていわば存在しないかのようにあつかわれることになったのである。


 入管の公表している統計によると、この新しい在留管理制度の施行された2012年の時点での「不法残留者」数は6万人超。これほどの規模の非正規滞在住民の存在をまったく前提としない(あるいは不在を前提とする)かたちで、在留カードは導入されたのである。




3.在留カードが導入された文脈


3ー1 「不法滞在者半減5カ年計画」(2003年~)


 この在留カードの導入は、2000年ごろに始まる、非正規滞在外国人を日本社会から徹底的に排除し、いわば「撲滅」しようとするかのようなもろもろの政策との関連において、理解する必要があると思う。


 これは私の個人的な記憶によるものなので、いずれちゃんと客観的に検証しなければならないと思っているのだけれど、「不法滞在者」「不法滞在外国人」という、従来はさほど一般的ではなかった用語がマスコミにあふれだしたのは2000年前後だったと思う。「ピッキング」「サムターン回し」といった手口で建物に侵入しての窃盗が「不法滞在外国人」による犯行だというかたちでテレビや新聞でさかんに報道されたのだ。


 いまにして考えてみると、警察当局を情報源とするこうした報道は、その後の非正規滞在外国人に対する摘発強化にむけての計画された政治的プロパガンダであったのだろう。2003年10月に法務省入管、警察庁、警視庁、東京入管の4者による「首都東京における不法滞在外国人対策の強化に関する共同宣言」が出され、同年12月には政府の犯罪対策閣僚会議が「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を発表した。これらは「不法滞在者」が「犯罪の温床」であるという差別的な決めつけをおこなったうえで、これに対する摘発強化が必要だと述べた文書である。


 後者の「行動計画」が「不法滞在者半減5カ年計画」に位置づけた翌04年から08年までの入管と警察の連携しての徹底した摘発がおこなわれ、結果的にこの5年のあいだに入管の推定する「不法滞在者」数は約25万人から13万人ほどまでほぼ「半減」している。2000年ごろに「不法滞在外国人」という言葉が窃盗などの犯罪と結びつけられたかたちでマスコミに氾濫しだしたのは、この大摘発作戦にむけてのプロパガンダによるものと考えるのが自然だ。


 ちなみに、東京都港区にある現在の東京入管の庁舎が完成し、その使用が開始されたのが2002年。収容人数800人とされる巨大収容場をそなえた新庁舎の建設も、大規模な摘発を想定してのものだろう。



3ー2 不法就労助長罪の厳格化


 こうして、政府は2003年ごろから在留資格のない人に対する徹底的な摘発と送還をおこなってきたわけだが、そのいっぽうで、非正規滞在者が日本社会でなんとか生き抜いていくための条件をつぶしていくということもすすめてきた。2009年の入管法改定には、非正規滞在外国人にとって死活問題となりうる重大なポイントが、在留カードの導入のほかにもあった。不法就労助長罪の厳格化である。


 不法就労助長罪とは、「不法就労」となる外国人を雇用したり仕事をあっせんしたりする行為であり、罰則として3年以下の懲役または300万円以下の罰金が規定されている。09年の改定では、この不法就労助長罪が、過失であっても適用されることになった。つまり、この法改定により、在留資格や就労許可がない外国人をそうと知らずに雇った場合でも、雇い主などが罪に問われうることになったのである。


 さらに、同じ年の法改定では、この不法就労助長行為があらたに退去強制事由にくわえられた。外国人がこの罪に問われた場合に、在留資格を取り消され退去強制(強制送還)の対象になることもありうるようになったのだ。


 こうして、雇用する側にとって、非正規滞在者を雇うことは大変なリスクをともなうようになった。雇用者が外国人の場合はそのリスクは致命的ですらある。退去強制によって日本での生活も事業もすべて失いかねないのだから。


 この不法就労助長罪の厳格化は、非正規滞在外国人が生活の糧をえるために働く場所を徹底してつぶしていこうとするものだ。なんらかの経緯で在留資格のない状態で日本に滞在している人たちの多くは、生活のために就労せざるをえない。就労の機会は、社会保障から疎外された非正規滞在外国人にとってはなおさら生存に不可欠な条件でもありうるのだ。


 それにしても、在留資格のない状態で日本に滞在するということがたとえ問題だと考えるにしても、現にこの社会で生きている人間の生存の条件を破壊してまうのは、いくらなんでも度をこしているのではないか。




4.在留カードの偽造よりはるかに重大な問題


 以上みてきたような経緯をふまえつつ、在留カードの導入、そして問題になっているアプリについて考えてみたい。


 バブル期以降1990年代を通じて、日本政府は非正規滞在外国人の存在を一定程度黙認し、これを労働力として活用するという政策を事実上とってきた。こうして日本社会は、非正規滞在者の労働力に依存してきたわけだが、これを徹底的に排除していこうという方向への転換を政府が明確に打ち出し始めたのが2003年ごろ。00年代を通じて、「不法滞在者」に対する集中的な摘発がおこなわれるいっぽう、その就労機会をつぶして社会から締め出していこうということがくわだてられてきたのだということが言える。


 2012年に廃止された外国人登録法のもとでは、もちろんこの法自体は外国人住民をもっぱら管理するためのものであったのだが、在留資格のない外国人でも居住地の自治体に届け出れば住民登録ができた。地方自治体はこれをもとにして在留資格がなくても住民としてあつかい、社会保障制度を限定的ながらも適用する余地があったのであり、実際にそうした例は少なくなかった。ところが、外登法が廃止され同時に在留カードが導入されて以降は、非正規滞在の外国人はほぼ完全に社会保障から排除されることになった。


 こうして、2000年代以降の政策は、非正規滞在外国人がかろうじて生きていくことを可能にする、社会のすき間のようなところすら破壊しつぶしていくことを指向したものだった。在留資格のない人に対する摘発・送還というかたちでの排除が強化されたのと同時に、在留資格がない人の生存できない国づくり・社会づくりが進められていったのである。まさにこうした国づくり・社会づくりにおいて導入されたのが在留カードである。


 09年の法改定によって、不法就労助長罪は、過失でも適用されるようになった。雇用主にとっては、雇用しようとする人が外国人である場合、在留資格があるのか、就労許可の範囲内なのか、確認しなければ自身に危険がおよぶ。「知らなかった」ではすまなくなったわけで、外国人を雇用するさいに在留カードを確認することが雇用者らに義務づけられたということだ。


 こうなると、就労機会から締め出された非正規滞在外国人のなかには、生きるために偽造在留カードを使わざるをえない人もでてくる。だったら自分の国に帰ればよいじゃないかと言う人もいるだろうが、身に危険がおよぶおそれがあるなど「帰国」できない事情をかかえている人も少なくない。そのうえ、問題の在留カード読みとりアプリである。それはさらに徹底して非正規滞在者などの生存手段をつぶしていこうというものだ。


 「不法滞在」「不法就労」だとか、偽造在留カードを使うことだとか、それは今ある法に違反する行為であるとはいえ、他人を傷つけたりその財産を盗んだりするものではまったくない。これに対して、上にみてきたような為政者の所業は、「不法滞在者」とされた人間の生存の手段を破壊していこうとするもので、端的に言えば「人殺し」である。ある人がルールに違反している状態にあるからといって、その人の生存手段をうばってよいはずがない。


 非正規滞在者らを就労機会から締め出そうとして日本政府が執拗におこなってきた諸政策は、たとえるならば、懲罰的な動機によって特定の住民の水道や電気を止めてしまうとか、ホームレス状態にある人を野宿している公園から締め出すとか、そういった行為に近い。また、生存するうえで必要になっている条件を破壊していくというやり口は、雑草や害虫を駆除するやり方にそっくりである。あるいは戦争状態における軍事的な作戦のようでもある。この社会に暮らす人間たちが生きられるようにするための施策ではなく、特定のカテゴリーに位置づけられた住人を生きられなくする施策である。


 「不法就労」やら偽造在留カードとやらを問題にするまえに、私たちの社会はやるべきことがある。それは、ここに暮らすあらゆる人間の生存を保証し尊重しなければならないという社会的な合意をつくることである。こんなことも満足にできていないような現状で、「不法就労」の防止だとか在留カード偽造の防止だとか、くだらないことをほざいてる場合ではないのだ。人間を害虫のようにあつかう国家をただしていくことこそ優先してとりくまなければならない課題であって、批判的に問われるべきなのは「不法滞在者」などではなく日本国のあり方である。


2021年5月11日

12日の強行採決阻止を! 入管法改悪法案


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 入管法改悪法案、先週7日の法務委員会では採決が見送られて審議が開かれましたが、与党はあす(12日)の委員会での強行採決をまたねらっているようです。


与党、入管法改正案12日採決の構え 野党、徹底審議を要求:時事ドットコム(2021年05月10日20時19分)


 7日の委員会にさいしては、わたしは自民・立憲民主両党の国対委員長に強行採決をしないで(応じないで)という内容のファックスを送ったのですが、今回は与野党5人の国会議員にやはり拙速な採決はしないようにとのファックスを送りました。


 与党議員に送ったのは、だいたいつぎのような内容です。

  • 名古屋入管での死亡事件の徹底検証、また退去強制・収容をめぐっての政府の従来の政策や現行の法制度のあり方の徹底的点検が不可欠
  • しかるに、死亡事件の解明すすまず、そのために必要な法務大臣・入管庁の情報提供はきわめて消極的
  • このような状況での法案の採決はあってはならない。


 野党議員、たとえば立憲民主党の議員には、以下の内容で送りました。

  • (上記と同様の観点から)名古屋入管での死亡事件についての真相解明、情報提供が議論と採決の前提だとの御党の姿勢を支持する
  • 法案の拙速な採決には応じず、廃案にむけ非妥協的に政府与党との論戦にのぞまれるようをお願いします


 どの議員に送ったらよいかについては、以下のサイトなどを参考にしました。


Open the Gate for All : あなたの入管法改悪に反対する声を 議員に送ろう


 入管の収容施設での死亡事件が頻発している事実からは、外国人に対する退去強制や入管施設での収容をめぐっての政府の従来の政策、また、現行の法制度のあり方を、徹底的に点検すべき必要性が示されているように思います。その意味で、名古屋での事件の検証・真相究明は、いま何よりも優先して取り組まれるべき課題です。


 しかも、法務大臣と入管庁は、スリランカ人被収容者が死亡する前の収容場居室の監視カメラ映像の遺族ならびに国会議員への開示を拒んでいるなど、真相究明に必要な情報提供にきわめて消極的です。


 それどころか、入管庁は、野党議員の調査を妨害してすらいる。


今日午後、法務委理事会メンバーで、名古屋入管スリランカ人女性死亡事件の関連資料を閲覧した(2回目)。またしても手書きによる書き写しを強いられ、2時間かけて血液検査結果や看護師メモを書き写した。手書きは許しがたいが、内容は質疑に活かしたい。

[藤野保史議員のツイッター(午後6:34 ・ 2021年5月10日)]


 手書きで写すのはよくて資料をコピーや写真にとるのはダメだという合理的な理由があるわけがないのであって、入管庁は調査妨害のためにこういうことをさせているのです。

 このような法務大臣と入管庁の姿勢のために、死亡事件についての解明が進まず、法案そのものの検討にも入れていない状況です。


 どう考えても、採決なんてすべき状況ではありません。


2021年5月8日

だれが上映を中止に追い込んだのか? 警察と右翼の共犯関係について


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 8日から神奈川県厚木市の「あつぎのえいがかんkiki」で上映される予定だった映画『狼をさがして』が、上映中止に追い込まれた。


【重要】『狼をさがして』上映中止のお知らせ | あつぎのえいがかんkiki


 劇場のウェブサイトに当初掲載されていた「『狼をさがして』上映中止の経緯」という文書(なぜか削除されていて現在は読めない)では、経緯がつぎのように説明されていた。



今回の上映中止の経緯についてご報告致します。

4/30に神奈川県厚木警察署より、右翼団体から道路使用許可の申請があり5/8と5/9の2日間、劇場のまわりで街宣車数十台で街宣活動を行う、とのご連絡がございました。

その後、配給会社太秦様にご相談させていただき、

  1. 騒音等で近隣住民や隣接している各店舗様にご迷惑をおかけすることは誠に心苦しい。
  2. 見物人が密となり、新型コロナウイルス感染拡大が懸念される。

両社とも、上記の件を危惧し、太秦様の了解のもと上映を中止させていただく運びとなりました。

 



 この「経緯」をみるかぎり、たんに右翼による妨害で上映が中止に追い込まれたということではないようにも思える。「厚木警察署が、右翼の威力をちらかせて上映中止をうながした」と言いきれるまでの根拠はないにしても、警察がここではたしている役割は無視できないのではないだろうか。両者の共犯関係と言うべきものがあるのではないか。


 厚木警察署と劇場のあいだで具体的にどのようなやりとりがあったのか、上記の文書で説明されている以上の事実は、わからない。ただ、かりに、警察が劇場側に「右翼が妨害にくるぞ」という事実だけをつたえ、それを傍観・容認する姿勢をみせたのだとすれば、それは警察が右翼を道具に使って劇場を恫喝しているのとかわらない。そこまであからさまではなかったとしても、違法な妨害があった場合に警察は断固としてとりしまるつもりだという意思を明確に示さなければ、劇場側としては上映のリスクを重く考えざるをえないであろう。


 この厚木の件ではどうだったのか、はっきりしたことはわからないにせよ、こうした場合に、警察は劇場側を恫喝することが可能な立場にあるということは、確認しておきたい。そして実際、警察がそうした行動をしてきた前例がたくさんあるのも事実だ。


 6,7年前、わたしが関東にいたころ、皇居のはしっこをかするようなコースでのデモを警察署に届け出に行ったことがあった。このとき、警察官(丸の内警察署でした)は、コースを変更するようにしつこく要求してきたのだが、その理由が「右翼がさわいでデモ参加者が危険にさらされるかもしれないから」というものだった。いや、こちらとしてはデモコースの詳細を事前に公表するつもりはないので、きみらがわざわざ教えないかぎり右翼がそれを知ることはないのですけどね。


 最終的に私たちは当初の予定していたコースでの届け出を押しとおしたのだけど、警察官が「右翼がね、来るかもしれないからね」などとしつこく言ってきて、やたらと時間がかかったのをおぼえている。


 警察はデモや表現行為をコントロールしようとするために、このように右翼の暴力をちらつかせるだけではない。右翼に実際に暴力をふるわせるということすらしてきた。


 2017年11月には、自衛隊立川基地での航空祭に抗議行動していた立川自衛隊監視テント村の車が右翼7~8名の襲撃を受け、フロントガラスやサイドミラーなどを破壊されるという事件があった。このとき、10名ほどの私服公安警官がおり、さらに立川警察署の制服警官も10名ほどかけつけたが、1時間にわたって右翼の暴力行為を制止しようもせず放置していたという。


立川テント村宣伝カーへの右翼の襲撃を許さない  抗議声明とカンパのお願い - ?? OUT!

https://twitter.com/orandger/status/933589711179808769


 この事件の1年前には、東京都武蔵野市でおこなわれた天皇制に反対するデモが、3~40人の右翼に襲われるという事件が起きている。デモ参加者に負傷者が出て、デモを先導する車のフロントガラス等が破壊されるなどの被害があった。襲撃は500人ほどの機動隊員が「警備」するなか堂々とおこなわれ、右翼の逮捕者はすくなくともこの日にはでていないのだという。


東京新聞 16年11月23日朝刊 - ?? OUT!


 これらの襲撃において、警察と右翼の共犯関係をはあきらかだ。実行犯は右翼だが、主犯は警察である。官(警察)が民間(右翼)に業務をアウトソーシングしたわけである。


 これらの例にかぎらず、右翼の暴力・テロ行為を警察がしばしば黙認してきたということは、よく知られていることがらでもある。とりわけ、ときに国家や世間とのあつれきを生じさせるような表現行為にかかわってきた者にとって、警察が右翼の乱暴狼藉をスルーし、そのことで暴力を代行させることすらしてきたことは、周知の事実である。そうした文脈において、右翼の街宣予定の情報を事前に劇場側につたえたという厚木警察署の行為を理解する必要があるのではないか。


 朝日新聞は、厚木の上映中止についてつぎのように報じている。


 [配給会社の]太秦と市によると、同館が入る建物には公共施設もあり、市や警察は上映を前提に警備を申し出た。しかし同館と太秦が協議し、他店舗への説明や映画館スタッフの負担を考慮して中止を決めたという。太秦の小林三四郎代表は「中止に追い込まれることに忸怩(じくじ)たる思いはある。ふんばれよ、と言える態勢がなかった」と話した。

[右翼団体の街宣予定受け ドキュメンタリー映画上映中止:朝日新聞デジタル(2021年5月6日 18時10分)] 


 警察は「上映を前提に警備を申し出た」というのだが、かりに警察官が口先ではそのようなことを言ったのだとしても、この組織が実際におこなってきた行動を知っていれば、そんな言葉を真に受けられるわけがないのではないか。


 上の新聞報道の見出しは「右翼団体の街宣予定受け ドキュメンタリー映画上映中止」となっている。はっきりと見えている現象としてはそのとおりなのだろうが、右翼だけを問題にしてすむこととは思えない。右翼の暴力行為を許容し、あるいはときに暴力行為の担い手としての右翼を飼いならし利用してきたのはだれなのか、問われるべきだと思う。



2021年5月4日

「入管法改悪案、強行採決しないで!」自民・立民の国対委員長にFAX送りました


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)



  衆議院の法務委員会で審議されている入管法改定案ですが、連休明けにも与党側が強行採決をしかけてくる可能性があるようです。



5.7入管法改悪強行採決を絶対に阻止しよう!


4月28日の衆議院法務委員会の理事懇談会で、5月7日は質疑だけで採決はないと決まったが、自民党が5月7日の強行採決をもくろんでいる。自民党国対に抗議を! 立憲国対に激励を!

拡散歓迎!!

#入管法改悪反対

[指宿昭一氏のツイッター(午前6:41 ・ 2021年5月2日)]



 というわけで、自由民主党と立憲民主党それぞれの国会対策委員長に、強行採決しない(応じない)ようにとファクシミリを送りました。送り先は、以下のとおりです。


自由民主党 国会対策委員長 森山 裕

国会事務所 FAX: 03-3508-3714 E-mail: g08204@shugiin.go.jp


立憲民主党 国会対策委員長 安住淳

国会事務所 FAX: 03-3508-3503


 与党の自民党は、強引にでも法案を通したいところでしょう。野党のほうは、政府・与党と妥協せずに徹底的に戦うべきかどうか、世論の動向をみているというところだと思われます。なので、与党には「必要な審議から逃げるな」「強行採決はゆるさない」という声をとどけると同時に、野党に対しては「人権の課題については安易な妥協はしないでぶれずに戦おう」と激励(?)のメッセージをおくることが大事かなと思いました。


 まあ、「激励」というかなんというか。人の命や生存のかかった問題で与党に妥協するようなら、そんな野党はいらんわけです。


 私の送ったファクシミリの文面を以下に公開しておきます。私は、くどくどと長い文章を書きたい性分なのでこういうのを送ったわけですけれど、メッセージはひとことでも十分なのではないかとも思います。たとえば、与党には「強行採決反対!」、野党には「審議は不十分! 採決には応じないで」といったところでしょうか。注目してるぞというメッセージをひとりでも多くの人が示していくことが大事なのではないかと思います。



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入管法審議についてお願い


立憲民主党国会対策委員長 安住淳様


 日ごろより国政へのご尽力、ありがとうございます。


 わたくしは、大阪府在住の一市民です。


 衆議院法務委員会にて審議されております入管法改正案につきまして、拙速な採決に応じることなく、御党として引き続き反対をつらぬいていただきますよう、お願い申し上げます。


 ご存じのとおり、3月6日に名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性が亡くなるという事件がありました。入管収容施設での死亡事件はあいついでおり、2017年以降に限っても6人もの方が収容中に命を落としております。このような痛ましい事件が今後二度と起こることのないよう、真相究明への取り組みが徹底される必要があると考えます。


 政府はこれまで送還を拒否する難民申請者らに対して、無期限長期収容を手段として、送還一本やりとも言うべき強硬な政策をとってきました。このことが、入管施設で死亡事件が頻発していることの背景にあるのではないでしょうか。いま必要なのは、名古屋での事件を徹底検証し、政府与党の進めてきた従来の政策の問題点や現行制度の不備を根本から点検しなおすことだと思います。


 そのために、御党が、政府法案の拙速な採決には応じることなく、これまで同様、非妥協的に政府与党との論戦にのぞまれるよう、お願いいたします。


 私も国会の外から一市民として、基本的人権が尊重され、人間の命とくらしが守られる社会をともに作っていけるよう連携できればと思います。


(私の名前と連絡先)


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入管法審議についてお願い


自由民主党国会対策委員長 森山 裕様

 日ごろより国政へのご尽力、ありがとうございます。

 わたくしは、大阪府在住の一市民です。衆議院法務委員会にて審議されております入管法改正案につきまして、拙速な採決をするのではなく、委員会で十分に時間をとって熟議をおこなうようお願いいたします。

 ご存じのとおり、3月6日に名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性が亡くなるという事件がありました。入管収容施設での死亡事件はあいついでおり、2017年以降に限っても6人もの方が収容中に命を落としております。このような痛ましい事件が今後二度と起こることのないよう、真相究明への取り組みがなされる必要があります。

 入管の収容施設での死亡事件が事実として頻発していることからは、外国人に対する退去強制や入管施設での収容をめぐっての政府の従来の政策、また、現行の法制度のあり方が、徹底的に点検される必要性が示されているように思います。その意味で、名古屋での事件の検証・真相究明は、いま何よりも優先して取り組まれるべき課題です。

 拙速な採決によって審議を打ち切るのではなく、委員会の場で熟議を重ねてください。尊い人命が国の施設でうしなわれたという重い事実に真摯に向き合い、こうした事件がふたたび起こらないための議論を与野党あげておこなうよう望みます。

(私の名前と連絡先)

2021年4月30日

私が入管法改悪に反対する理由――送還強硬方針からの撤退を!


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)



1.入管法改定で温存されようとしているもの


 国会で審議されている政府提出の入管法改定案に対して、反対の大きな動きが広がっている。なぜ、この法案に反対しなければならないのか。私なりに思うところをすこし書きたい。


 法律を変える、制度を変えると言うとき、私たちの関心は、どのような新しい制度が提案されるのかというところに向きがちだ。今回の政府法案についても、難民申請者などの人権を侵害しその命を危険にさらしかねない「改悪」と呼ぶべき制度変更が多数もりこまれており、そこに多くの人びとが危惧を表明し、反対の声をあげている。


 政府の法案が成立すれば、たとえば、難民認定の申請が3回目以降の人を入管は送還できるようになる。難民認定率が諸外国とくらべてきわめて低く、申請者の99パーセント以上が難民と認定されないような審査のやり方を見直さないまま、このような改悪がなされるのは大問題だ。


 もちろん、私も、こうした政府法案のめざす改悪というべき変更点について危惧を共有している。ただ、この法案が成立した場合に深刻な問題をあらたに生じさせるというだけでなく、それが、強制送還や収容についての今までの方針、古いやり方を温存させることになるだろうということにも注意をむけていきたいと思う。


 送還や収容をめぐる現状を私の理解でざっくりまとめると、以下のとおりである。


  1. 入管は、とりわけ2015年以降、在留特別許可の基準をきびしくするいっぽうで、無期限長期収容を手段にした強硬な送還政策をすすめてきた。
  2. この強引な方針が、入管施設でのハンガーストライキ、自殺をふくむ死亡事件、職員による暴行事件などさまざまな問題をひきおこし、マスコミなどで報じられ、長期収容問題として社会的に問題化されるにいたった。
  3. 他方で、入管の送還業務の観点からも、こうした強硬策は破綻・失敗したことは客観的にあきらかである。


 3については、あとでくわしく述べるが、破綻・失敗した方針は本来であれば断念するしかない。古い方針を断念してあらたな方針をたてるためには、従来の方針が失敗だったことを認めなければならない。ところが、今回、政府は、送還強硬策を今後も継続していくということを前提にした法案を出してきた。となると、この法案が成立してしまった場合、入管自身もこれまで以上に、従来の強硬方針にしばられることになるのではないか。私が危惧しているのは、そういうことであるが、もう少しそこを言葉にしていきたいと思う。




2.入管法改定のねらい


 まず、政府が入管法の改定にのりだした経緯をふりかえっておきたい。


 今回の法案は、法務大臣が設置した「収容・送還に関する専門部会」が2020年6月にまとめた提言[PDF]をもとに作成された。入管庁のウェブサイトでは、この「専門部会」設置の「趣旨」をつぎのように説明している。


 送還忌避者の増加や収容の長期化を防止する方策やその間の収容の在り方を検討することは,出入国在留管理行政にとって喫緊の課題となっています。

 そこで,今後,出入国在留管理庁が採るべき具体的な方策について,専門的知見を有する有識者や実務者の方々に御議論いただくこととし,法務大臣の私的懇談会である「出入国管理政策懇談会」の下に「収容・送還に関する専門部会」を設置しました。

収容・送還に関する専門部会について | 出入国在留管理庁


 「送還忌避者の増加や収容の長期化を防止する方策」などを検討すると言っている。このうち、「収容の長期化」については、現行法のもとでも仮放免制度というものがあり、これを活用することで解決は可能なはずである。そのために法律を改定する必要はかならずしもないが、法律を変えるとすれば、収容期間に上限をさだめて、たとえば6か月をこえて収容はできないことにすれば収容長期化問題は解消する。その気にさえなれば、収容長期化問題を解決するのは簡単なのである。


 ところが入管がそうしないのは、これを解決する意思がないからである。長期収容は、入管にとって「送還忌避者」を痛めつけ、帰国に追い込むための手段だ。このように収容長期化の状況を帰国強要のために意図的に作り出していることは、以下の2つの記事で述べたように、先月になって入管当局自身が公然とみとめるようにさえなっている。


上川法務大臣のおどろくべき発言 拷問を送還の手段にもちいることはゆるされるのか?

公然化されつつある拷問――出国強要の手段としての無期限長期収容


 政府あるいは入管当局が今回の入管法改定をくわだてる目的は、収容長期化問題を解決するためではない。先の「専門部会」設置の趣旨にあった、もういっぽうの問題、「送還忌避者の増加」*1に対処することが、政府が法改定をおこなおうとする理由なのである。




3.「送還忌避者」と送還一本やり方針


 入管庁は、2020年12月末日時点の集計として、以下のとおり示している*2


退去強制令書の発付を受けて収容中の者は942人,仮放免中の者は2217人

収容中の942人のうち,送還を忌避する被収容者は649人(69%)


 このうち、退去強制令書の発付を受けた仮放免者2217人と送還を忌避する被収容者649人を合わせた約3,000人が入管のいうところの「送還忌避者」にあたる。


 人間を収容施設に長期間にわたり監禁し、自由をうばうのは、人権侵害でありゆるされない。また、就労が禁止され社会保障から排除された仮放免の状態に人間を置きつづけることも、同様にゆるされない。「送還忌避者」と入管がよぶような状況は、すみやかに解消されなければならない。


 それを解消するには、2つの方法がある。1つは、退去強制令書(退令)の発付を取り消して、在留資格を認めることである。難民認定制度や、法務大臣にあたえられた権限で人道上の観点から在留をみとめる在留特別許可の制度がある。これらは、現状、適正に運用されていると言えるか、かなり疑問がある。


 「送還忌避」の状況を解消するもうひとつの方法は、送還(退去強制)を執行することである。


 現在、およそ3,000人もの人が、退令発付を受けながら送還にはいたっていないという、宙ぶらりんの状態におかれている。入管当局は、この人たちを「送還忌避者」と呼び、在留を認めるのではなくあくまでも送還の執行によってその人数を減らしていこう方針のもと、今回の法改定へと動いてきた。


 本人の意思に反した送還を強引にすすめていけば、送還された人が命をおとしたり、あるいは、家族や日本できずいてきた社会的な関係をたたれたりという、とりかえしのつかない事態をひきおこしかねない。


 それだけではない。送還一本やりでこの3,000人もの「送還忌避者」をへらしていくという方針自体が、現実的に不可能なのである。入管が不可能な方針に固執することで、問題解決は先送りされ、時間が浪費されていく。「送還忌避者」と呼ばれる人びとは、施設に監禁されて自由をうばわれるか、仮放免という無権利状態におかれつづけることになる。その間も、深刻な人権侵害は継続しているのである。




4.長期収容と護送官付き送還――送還の2つの方法


 「送還忌避者」が3,000人いるということ。入管は、これを送還業務がゆきづまっているというふうに認識している。これを打開するために、難民認定手続き中の送還停止効に例外をもうけるなどして、「送還の障害」をとりのぞきたいというのが、法改定へと政府をかりたてている動機である。


 しかし、「送還忌避者」をほとんどもっぱら送還によって減らしていこうという方針がいかに非現実的であるのか。そこをあきらかにするために、強制送還(退去強制)というものがどのようにおこなわれているのか、ということをみていきたい。


 「強制送還」と言ったときに多くのひとがイメージするのは、つぎのようなものではないだろうか。手錠や腰ひもによって身体を拘束し、大人数の職員によって無理やりに飛行機などに乗せて送還する。これは入管職員(入国警備官)が送還先の国の空港まで付きそうかたちになるので「護送官付き送還」などと呼ばれている。これは、送還を拒否している人を無理やりに送還するときに用いられる。しかし、じつはこの「護送官付き送還」は、数のうえでは、強制送還全体のうち、けっして多いものではない。


 下の図は、2014年から18年までの送還方法別の被送還者数をあらわしている(図は入管庁が公表している『出入国在留管理』から作成した)。



 例年、被送還者数(送還された人の数)全体のうち、93~95パーセントは「自費出国」と呼ばれるかたちで送還されている。「自費出国」とは、航空券代を送還される人が自費で負担するもので、最終的には本人が同意しての送還であるといえる。


 これに対し、全体の5~7パーセントは、「国費送還」といって、航空券代を国が負担する送還である。「国費送還」には、送還される本人が航空券代などを用意できない場合に国費からこれを支出するものも含まれる。送還を拒否している人に対して入国警備官が同行しておこなわれる「護送官付き送還」はさらにその一部(全体の数パーセント)である。


 この「護送官付き送還」の占める割合が小さいのは、それが予算や安全上の制約で簡単には実施できないからであろう。その理由はともかく、事実として、「強制」送還の大部分は、送還される本人が自分のお金で飛行機のチケットを買って、自分の意思で歩いて飛行機に搭乗するという形で、おこなわれている。送還は「自費出国」でおこなうというのが、入管にとっての原則なのだ。したがって、送還の執行をになう入管の職員にとって、どのようにして送還対象者を出国に「同意」させるかということが課題になるわけである。


 入管が送還対象者に「自費出国」をうながすのに主要な手段としているのが、「収容」すなわち施設に閉じこめて自由をうばうことだ。つまり、送還に応じて出国しなければ施設から出ることができないという状況をつくり、それがイヤなら自分の国に帰りなさいというかたちで「説得」をおこなうわけである。もっとも、これは入管の建前では「説得」であっても、客観的にみて「恫喝」や「強要」と言うべきものである。


 では、「護送官付き送還」は、入管の送還業務においてどのような位置づけになるのだろうか。この方法で送還できるのは、人数としてはごく少数である。それでも入管が毎年、なぜこのやり方での送還を一定数つづけているのかと言えば、見せしめの効果を期待しているからであろうと考えられる。


 入管は、この無理やりの送還を、しばしば他の被収容者たちにわざと見せつけるようなしかたでおこなっている。早朝の4時や5時といった多くの被収容者たちが寝ている時刻に、10名ほどの職員で居室に踏み込んで被送還者を連れ出すというやり方をわざととることがあるのだ。ほとんどの被収容者は、数人ごとにひとつの居室に収容されているため、この寝込みを襲うやり方は同室者たちの目前でおこなわれることになる。同室あるいは同じ収容区画の被収容者たちに与える動揺や恐怖をより小さくする方法がほかにあるだろうに、あえてこうした暴力を誇示するようなやり方をするのは、見せしめの効果を期待しているからにほかならない。送還の執行を担当している職員が、送還をこばんでいる被収容者や退令仮放免者に対し、「われわれば無理やりあなたを帰らせることもできる。それがいやだったら自分で飛行機のチケットを買って帰ってください」というようなことを言って送還に応じるよう「説得」することもたびたびある。


 つまり、入管の送還業務において、「護送官付き送還」もまた、「自費出国」をうながすための手段という位置づけだと理解してよい。


 無期限長期の「収容」が被収容者に苦痛を与え、時間をかけて心身を破壊していくものであることは、言うまでもない。もう一方の「護送官付き送還」も、これにより送還される人に対して暴力がふるわれているだけではなく、これを見せつけられる他の被収容者にもはげしい恐怖をあたえる行為だ。このように、苦痛や恐怖をくわえ心身を破壊する暴力が、強制送還の手段としてもちいられているということなのである。


 人間に対してこのような方法をとることが、ゆるされるのだろうか。これは、相手が難民だからゆるされないとか、「犯罪者」でないのにこんな目にあわせてはいけないとか、そういう話ではないと思う。どのような相手にであれ、やってよいことではない。また、こんな行為を「いたしかたない」と許容、あるいは正当化しうる理由があるとは、私にはとうてい思えない。




5.出口のない送還強硬方針からは撤退すべき


 さて、2015年9月18日に法務省入国管理局長は通達「退去強制令書により収容する者の仮放免措置に係る運用と動静監視について」を出して、各地方入管局長などに仮放免許可申請への審査を厳格化することと、仮放免中の人への「動静監視」の強化を指示した。この後、各収容施設では収容が長期化し、すでに仮放免されている人の再収容が激増していった。


 この2015年通達後に強化されたのが、長期収容をおもな手段として「送還忌避者」を徹底して送還していこうという方針である。必要な資料の開示を入管庁がこばんでいるため*3、この方針のもとどれほどの「成果」があったのか、評価するのはむずかしい。しかし、2019年12月末時点で約3,000人の「送還忌避者」が存在しているという事実からは、これをもっぱら送還によって減らしていこうということが、現実的にみて無謀きわまりない愚劣なくわだてだということはあきらかなのだ。


 入管は4年以上にわたって強硬な送還政策をつづけて収容施設で自殺者や餓死者を出し、おびただしい数の人の健康を破壊し、さらに被収容者の家族の生活をもめちゃくちゃにしてきた。それでもまだ数千の人が送還にいたらず、収容施設に閉じ込められ、あるいは仮放免状態におかれている。で、入管は、まだこの送還の強硬方針をつづけるんだと言っている。「送還忌避者」を送還で減らすために法律を変えてほしい、送還のための権力をもっとわれわれに与えてくれ、と。入管は何人ころせば気がすむのか。どれだけ人の人生をめちゃくちゃにすれば気がすむのか。人間の生命と人生をもてあそぶのはたいがいにすべきだ。


 いま国会で審議されている改悪法案が通ってしまえば、入管は送還のための権力をいま以上にふるうことができるようになる。難民申請が却下され、それでも帰国するわけにはいかないからくり返し難民申請せざるをえない人は少なくない。そういうひとが、無理やり飛行機に乗せられ、送還されてしまえば、どのようなことがおこるだろうか。「護送官付き送還」で無理やり送り返されるのはこわいからと、3回目の難民申請をとりさげて、「みずから」飛行機に乗って帰る人も、出てくるかもしれない。その人が迫害を受けたとき、だれがどうやって責任をとるのか。「自分の意思で」帰ったのだから「自己責任」だと、日本の政府や入管は言うのだろうか。


 それだけではない。現在はコロナの感染対策で仮放免されている人も、ワクチンの開発・普及などによって感染が脅威でなくなれば、入管は再収容にのりだしてくる可能性が高い。結局のところ、数千人におよぶ「送還忌避者」をもっぱら送還によって減らそうとするならば、その主要な手段となりうるのは、無期限長期収容でいじめぬく、ということ以外にはなく、「護送官付き送還」など他の方法はあくまでの補助的な手段にとどまるからだ。そのことは政府の法案が成立してもかわらない。


 ところが、長期収容によって送還に追い込むということでは、数千人規模にふくらんだ「送還忌避者」の大部分を送還することなどできるはずがないのである。それは、2015年以降の入管の送還強硬策が「成功」せず、おびただしい人権侵害をまねいたにすぎなかったという事実によって、すでに実証されている。


 この5年あまりのあいだで、長期収容を主要な手段とする送還強硬方針の失敗・破綻はあきらかになった。失敗・破綻のあきらかな方針を入管がいまだ転換せず、これに固執しているのは、少なくない数の入管の役人が、失敗をみとめて責任を問われるのがイヤだと考えているからだとしか考えられない。


 送還一本やりと言うべき従来のやり方で「送還忌避者」を減らしていくのは無理だ。かといって、仮放免の無権利状態に置きつづけたり、施設に監禁していじめて出国を強要しようという今のやりかたを続けることもゆるされない。結局のところ、在留特別許可などの制度を適正に活用し、在留を正規化していくことをもっと広範に検討していくというところにしか、出口はないのだ。


 すでに破綻した方針に固執して問題の解決を先送りにすること自体が、深刻な人権侵害状況を継続させるということであって、ゆるされない。政府が出している入管法改定案はいったん廃案にしたうえで、現行法のもとで可能な施策、人間の命と人権をまもるための施策を検討し、実行していくことからはじめるべきである。






注 

1: もっとも、「送還忌避者の増加」というものの、入管庁は「増加」といえる根拠をデータで示していない。入管は「送還忌避者」を「出入国管理の実務上、退去強制令書の発付を受けたにもかかわらず、自らの意思に基づいて、法律上又は事実上の作為・不作為により本邦からの退去を拒んでいる者」と定義している。退去強制令書の発付を受けて退去を拒んでいる人には、入管施設に収容されている人(送還忌避被収容者)と、仮放免許可を受けて収容を解かれている人(退令仮放免者)の2通りがある。このうち、退令仮放免者については、入管は年ごとに人数を公表しているが、送還忌避被収容者の人数は2020年の6月末と12月末時点での統計を公表しているにすぎない。
 この点について、福島みずほ参議院議員は2013から18年の各年における「送還忌避被収容者」の数を示すよう質問趣意書で求めている。ところが、政府は「集計を行っておらず、お答えすることは困難である」としてこれに回答しなかった。 


3: 注1で述べたとおり。

2021年4月23日

入管収容と「詐病」


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)



1.入管庁調査チームが隠蔽していた事実


 3月6日に名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性のウィシュマさんが亡くなった事件について、TBSが以下の報道をしている。


【独自】「仮放免必要」医師が入管に指摘、スリランカ人女性死亡直前に|TBS NEWS(4月22日 11時28分)


 このニュースでは、女性が亡くなる2日前に診察した医師が、彼女を仮放免して収容を解くことの必要性を伝えていたことが、医師本人への取材と医師が名古屋入管に対して提出した文書(「診療情報提供書」)からあきらかにされている。


 この医師に直接取材をしたところ、医師は「実際に外に出してみないと判断できないので、一度出すべきだ」と入管側に仮放免の必要性を伝えたと認めました。出入国在留管理庁が今月9日に出した中間報告書では、この医師から仮放免の必要性を伝える指摘があったことは明らかにされていません。


 このような真相究明にあたって重要な事実が、入管による調査の中間報告書には記載されていない。診察した医師がどのように病状を評価していたのかということは、もっとも念入りに確認されたであろうことがらであって、入管庁の調査チームがうっかり見落とすはずがない。入管にとって都合がわるいから隠蔽しようとしたということだろう。


 ここからあきらかなのは、入管庁の調査に誠実さを期待することはまったくできないということだ。強い権限を与えられた独立した第三者機関が調査しなければ、彼女が命を落とした経緯や責任の所在があきらかになることはない。これは、あたりまえのことだ。




2.「詐病」ならば軽視してよいうという予断


 さて、TBSのこの報道では、医師が結論としては仮放免の必要性を入管に伝えていた一方で、「詐病」の可能性も考えられるとしていたことがあきらかにされている。


 亡くなった女性と継続的に面会していた支援団体のSTARTは、彼女の体調不良のうったえを名古屋入管が「詐病」とみなしていたのではないかと指摘している。


ではなぜ、入管は、応急的な治療さえ、点滴1本さえ投与しなかったのでしょうか。我々は、入管が、女性が仮放免になるために病気のふりをしていると判断していたのではないかと考えています。被収容者に対して疑いの目を向け、信用していなかったということです。実際にスリランカ人女性も、面会時に「(職員は、私が)嘘を言ってると思ってる」と話していました。

スリランカ人女性の死亡事件に関する申し入れ(3/11) | START~外国人労働者・難民と共に歩む会~(2021年3月12日)


 わたし自身、入管施設に収容された人たちと面会するなかで、職員や入管で勤務する医師や看護師に病状をうったえているのに「詐病」あつかいされてちゃんと検査や治療を受けさせてくれないといううったえを聞くことはたびたびある。支援者として、入管に検査・治療を申し入れるさいも、職員が「詐病」をうたがっているのではないかという感触をおぼえることもある。


 しかし、いったい「詐病」とは何だろうか?


 入管の職員は、被収容者が仮放免されたくて病気をいつわることがあると考えているのだろう。そこには、もし「詐病」であるのであれば、ほんとうの病気ではないのだから、深刻に考える必要はないという前提があるだろう。


 だが、「詐病」なのかどうか見分けることは、ときに医師であっても簡単ではないのはもちろん、「詐病ならば深刻ではない、軽視してもよい」という予断が、入管の職員あるいは医師の判断に入り込むのは、危険ではないだろうか。


 たとえば、食道や胃の不調で食事がとれないといった症状をうったえている患者がいるとする。このうったえがウソなのかホントなのか、見分けることにどんな意味があるのだろうか? 「詐病」であろうとなかろうと、食事をとらない(とれない)状態が続けば、健康状態に深刻なダメージをきたすことにはかわりない。


 げんに、食事がとれていない、またそのことによって健康がそこなわれているという状況があるのならば、医療がとりくむべきなのは、いかにしてその患者の健康を回復するかという課題以外にないだろう。


 その意味では、ウィシュマさんを亡くなる2日前に診た医師は、医療従事者としての判断をしたのだと言える。


 医師は血液検査や頭部CTは異常なく、詐病やいわゆるヒステリーも考えられるとしながらも、最後にこう記していました。


 「患者が仮釈放を望んで心身に不調を呈しているなら、仮釈放してあげれば良くなることが期待できる。患者のためを思えば、それが一番良いのだろうがどうしたものだろうか?」

[強調は引用者]


 患者の健康上の最善の利益をあくまでも追求するのが医療であって、そこに「詐病ならば軽視してよい」などという思考が入り込んではならない。




3.おまじないとしての「詐病」


 「詐病」か「ほんとうの病気」なのかを区別しようとし、「詐病」ならば深刻ではないと信じ込もうとする思考は、患者の利益を追求する医療に由来するものではない。それは、収容の継続を正当化したい入管の都合から生じる思考にほかならない。


 被収容者が体調不良をうったえていても、あるいはげんに症状があらわれていても、「詐病」とみなすことで、「収容継続に支障はない」という判断をみちびきたいのだ。それは根拠を欠いた呪術的な思考としか言いようがないものだ。「詐病」はおまじないの言葉である。


 もっとも、「病は気から」とも言うし、他のおまじないならば、それによって患者が病気に立ち向かう前向きな気持ちをもち、治癒へのプラスの効果が生じるということもあるだろう。しかし、「詐病だ!」「詐病がうたがわれる!」というおまじないは、被収容者の健康状態の深刻さと向き合わないための入管にとっての気休めにしかならない。そうして、げんに食事をとれずに体重が激減しあきらかに衰弱していく被収容者をまえに「サビョウガウタガワレル」などとおろかな呪文をとなえているうちに、その病状はとりかえしのつかないところへと悪化していってしまうのではないか。


 すくなくともはっきり言えるのは、「詐病」であれば軽視してもよいのだという思考は、入管収容施設の医療をむしばむ要因になっているということだ。入管が収容の制度と施設を維持しようとするならば、最低限、こうした問題をふまえ、医療の機能不全に対処し被収容者の生命・健康を守るための手立てをとるべきだ。


 たとえば、医師の独立性を確保し、患者との信頼関係をきずきながら診療ができるようにし、入管による医師の判断への介入(医師が必要と判断した治療を入管が「許可」せずさまたげるなど)を排除する仕組みをつくるべきだ。そのうえで、医療上の観点から収容継続が危険な場合に医師の判断で収容を解く仕組みも必要だろう。


 また、収容されている人が、症状をいつわったり(痛くないのに痛いと言うとか)、それどころか症状を意図的に生じさせたり(食事をとらないなど)までするのだとすれば、何がそうさせているのかを考えるべきだろう。この点で、収容期間の上限がさだめられていないなかで、何年間も収容されうるような、被収容者を絶望に追い込む現行の制度はあらためられるべきではないのか。


 いま国会で審議されている政府による入管法の改定案は、2019年6月の大村入管センターでの餓死見殺し事件を契機とし、長期収容問題への対策を講じるということを大義名分のひとつとして出されたものだ。しかし、被収容者の生命・安全を保障するかという手立ては、講じられていない。しかも、あらたに名古屋入管での死亡事件が起きているのに、その真相究明どころか、重要な事実を調査報告書に書かずに姑息に隠蔽しようとしながら、政府は法案成立をめざしている。この点でも、この法案は廃案一択、それ以外にありえないと思う。