以下、2月2日ということなので1か月半以上前の報道なのですが、おくればせながら興味深く読んだところです。
埼玉・川口市がクルド人めぐり国に異例の訴え なぜ?現場で何が? | NHK(2024年2月2日)
川口市が国に対し、仮放免者の就労を可能にしてほしいなどの要望を出したことについて、その要望の背景を取材した報道です。
人手不足が深刻なこの地域の解体業界で、仮放免の人もふくめたクルド人労働者が欠かせない担い手になっていること。また、クルドの子どもたちが市内の小学校などに通い、受け入れられていることなど。そうしたかたちで地域社会で共生がなされ、クルドの人たちもすでにそこに深く根ざしていることがうかがえる記事です。
さて、このNHKの記事のなかの小見出しのひとつに、「教育や医療 増加する自治体の負担」というものがあります。自治体の負担を増加させている要因は何なのかという問いは、差別や排外主義におちいらないよう、注意深く語っていく必要があります。自治体の負担増という論点が、地域に新たに移住してきた人たちであったり貧困層であったりを差別・排除する言説につながっていくのは、しばしばみられるところです。この点を念頭において、記事の以下の部分を読んでいきます。
さらに、最近、市議会では医療費への懸念がたびたび取り上げられています。
川口市議会議員
「仮放免者は保険証もありませんから、請求される金額が高額になり、高額な医療費を払えずに滞納してしまうという事案もあります」
今、市の医療センターでは外国人による未払い金が7400万円ほどありますが、その中に仮放免のクルド人の治療費も含まれているとみています。
川口市は、実態に応じた制度の見直しが欠かせないと訴えます。
川口市 奥ノ木信夫市長
「人道的立場で、今にも赤ん坊が産まれそうな人は、病院で受け入れて診なければいけないし、病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません。
税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」
川口市の訴えを、国はどう受け止めているのか。出入国在留管理庁に聞きました。
出入国在留管理庁
「仮放免者の中で退去強制が確定した外国人は、速やかに日本から退去するのが原則となっています。よって仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」
「病気で苦しんでいる人」がいれば、その人を診察し治療するのが医療人というものだし、そのための仕組みや環境を整備するのが市や県などの行政にたずさわる人の仕事です。現にここに住んでいる人、ここにいる人のためにすべきことをする。そうした労働(この「労働」は賃金で報酬が支払われるものにかぎりません)の集積として地域社会が成り立っており、またその一部が自治体の施策としておこなわれるものであるわけです。
ところが、このような地域社会の人びとのいとなみであったり、あるいは自治体の施策にとって、国の入管行政がまさに障害になっているということが、いま引用したところにあらわれている事態です。クルド難民たちを、「仮放免」という、堂々と就労することもできず、国民健康保険にも入れない状態にしばりつけ、医療費の滞納の原因を作っているのは、入管行政にほかなりません。
入管庁の役人は「仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」などと恥ずかしげもなく言っているようです。しかし、先の川口市長の発言のとおり「病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません」と考えるのがあたり前の医療人の立場だし、そのためのコーディネートをするのが市長ら行政の仕事です。
それにしても入管はよくもまあ「行政サービスの支援を行うことは困難」などと言えるもんです。だいたい「行政サービス」を担っているのは、あんたら入管ではなく、地方自治体ですよね。入管のやっていることと言えば、住民のあいだに線引きをして、結果的に「行政サービスの支援」から排除される住民を作り出すことじゃないですか。上に述べたように、入管行政こそが「行政サービス」の阻害要因になっている。「行政サービスの支援を行うことは困難」? いや、ジャマしてるのはあんたたちではないですか、という。
一方、自治体の現場の職員は、「住民」に対するサービスということを考えるのであって、ある住民が仮放免者であったり非正規滞在者であったりということは本質的な問題にはならないはずです。現行の制度では仮放免者や非正規滞在者は住民票に登録できませんが、行政サービスの観点からいえば、住民票はあくまでも住民の情報を登記する手段のひとつにすぎません。住民票がないから住民サービスから排除するというのでは、手段と目的が転倒してしまいます。
ちなみに、10年ぐらい前までは、仮放免者が国民健康保険に加入していたり、生活保護を受けていたりというケースは、数は多くはないものの自治体によってはそれなりにありました。国(この場合は厚労省ですが)が横やりを入れて、そういったケースはなくなっていきましたが、自治体の行政の本来的なあり方からすれば、住民票の有無なんかよりも、その市区町村に居住の実態があるかどうかということのほうが、重要なのです。
記事に紹介された川口市長の発言をもう一度引きます。
「税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」
入管は「仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」などとくだらないことを言わずに、仮放免者の在留を正規化すれば、問題は解決するのです。在留資格を認められれば、就労できますし、国民健康保険にも加入できるので、医療費の滞納は減り、自治体の負担も軽減されます。
入管がそれをせず、クルド人住民の多くを仮放免状態に放置していることで、自治体の負担増加をまねいているのだといえます。入管は社会に迷惑をかけるのをいいかげんやめてほしいものですね。
ところで、この先は今回の本題からはそれる話です。NHK記事の以下の「監理措置」に関するところ、説明として適切ではないので、その点いちおう指摘しておきます。
川口市の要望については、2023年以降の国の方針によって、今後はある程度カバーされる可能性があると橋本さんは見ています。
政府は2023年8月、日本で生まれ育っていても在留資格がない小学生から高校生の外国人の子どもについて、親に国内での重大な犯罪歴がないなどの一定の条件を満たしていれば、親子に「在留特別許可」を与え、滞在を認める方針を示しました。
また、入管が認めた監理人と呼ばれる支援者らのもとで生活ができる「監理措置」という制度が改正入管法の下で近々導入され、就労をすることが可能になる予定です。
たしかに、改定される入管法で創設される監理措置は、従来からある仮放免制度と異なり、就労が許可される場合があります。しかし、それはきわめて例外的な場面においてのみです。
改定入管法のもとでは、退去強制処手続き中の人(退去強制処分を受けていない人)に監理措置が適用されたときに、入管は就労を許可することができるということになっています1。しかし、退去強制処分が出てしまった人については、全面的に就労は禁止されます2。
まず、NHK記事などでその困窮が問題にされている、在留の認められていないクルド人難民申請者の大多数は、すでに退去強制処分が出た人であって、就労不可です。そして、退去強制手続き中の人も、入管が在留を認めなければいずれ退去強制処分が出てしまいますから、そうなれば就労が許可されることはありません。
しかも、監理措置制度では、許可を受けずに就労した場合に、刑事罰を科す規定まであります(第70条第9号、第10号)3。
つまり、監理措置においては、ごくごく例外的にしか就労は許可されないし、許可を受けない就労が犯罪化すらされるわけです。
「川口市の要望については、2023年以降の国の方針によって、今後はある程度カバーされる可能性がある」というところ、「2023年以降の国の方針」が監理措置のことも指して述べているのであれば、この記述は明確にまちがいと言ってよいでしょう。
注
1: 第44条の5第1項「主任審査官は、被監理者の生計を維持するために必要であつて、相当と認めるときは、被監理者の申請(監理人の同意があるものに限る。)により、その生計の維持に必要な範囲内で、監理人による監理の下に、主任審査官が指定する本邦の公私の機関との雇用に関する契約に基づいて行う報酬を受ける活動として相当であるものを行うことを許可することができる。この場合において、主任審査官は、当該許可に必要な条件を付することができる。」
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