2021年12月5日

日本社会の問題として考える――入管の人権侵害(その1)


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)



 先日、とある勉強会に呼んでいただき、入管の問題についてお話してきました。


 関西在住のある難民申請者(「Aさん」とします)のお話を聞くという趣旨の会です。Aさんが入管に収容されていたときの経験や、内戦状態にある母国の現状やそれへの日本の関わり(クーデター政権を日本企業や政府関係者がいまも支援している)についてお話されました。


 私は、Aさんのお話のあとに、入管施設ではなぜ人権侵害がおこるのか、ということなどを話しました。その内容を以下にまとめておきます。


 実際は時間の制約などもあってかなりの部分をはぶかざるをえなかったのですが、こういう話ができたらよかったなあという、ある意味まだ私がどこでもお話したことのないような内容です。




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0.はじめに


 入管施設の収容の問題、人権侵害の問題。たくさん報道されています。Aさんも、いまお話いただいたように、入管に収容されていて、大変にひどい目にあいました。


 どうして入管施設で人権侵害が起きるのか? そういうお話を今日はしたいと思います。


 2つの話をします。


 ひとつは、入管施設における収容とはなにかという話です。そこをみていくことで、今の制度のもとでの収容をおこなうかぎりは、人権侵害は避けられない、そういう話をひとつします。


 もうひとつは、入管施設の人権侵害、これをもうすこし広い視野で、私たちの社会、日本社会の問題として考えてみたいと思います。最近いろいろ報道されている事件とか、こうしてAさんたち当事者に話を聞くとひどい話がいっぱいある。その実行犯は入管職員と言えるケースが多い。だから、職員たちがひどいということを言わなければならないわけですけど、しかし、他方で私たちの社会のありようが、兵隊・実行部隊としての入管職員に人権侵害を業務としてになわせているという面もある。だから、この日本社会のなかで入管がどういう働きをしてきたのかということをみていかなければならないと思っています。




1.「収容」とはなにか


 ひとつめのはなしをします。


 入管での「収容」ですが、建て前ではこうなっています。


「退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで」収容することができるというものです(「出入国管理及び難民認定法」第52条第5項)


 送還可能になるまで泊まっていってもらいますよ、と。「船待ち場」という言葉があるんですが、法律上はそれだけの意味なんです。帰国するための船、今では飛行機ですが、それが用意できるまで泊まって待ってもらうということですね。


 でも、実際はそうではない。そこをみていくために、送還がどのようにおこなわれるかを簡単にお話します。



「護送官付き送還」

 【資料1】のグラフ(送還方法別被送還者数の推移)は、入管の出している統計資料から作りました。送還方法は大きく分けて2種類あります。グラフみてわかるように、送還のほとんどは「自費出国」というものです。「強制送還」という言い方をするわけですけど、その大多数は、送還される人が旅費、おもに飛行機のチケット代ですけど、自費で払って帰っているんです。自分でチケット買うわけですから、最終的には自分の意思で帰ることを選択しているということです。

【資料1】


 もうひとつ、「国費送還」というのがありますが、これは飛行機のチケットを国費で負担するというものです。ただ、これも送還される人が自分で帰る意思はあるんだけどチケット代を用意できない場合に国費から出すということがあるんですね。その場合は、最終的に自分の意思で帰国しているということになります。

 

 この「国費送還」のなかに、本人は拒否しているのに、入管の職員が無理やり力づくで飛行機に乗せて送還するというものが含まれます。「強制送還」といったときにみなさんがイメージするのはこれですよね。これは入管職員が何人かついて飛行機に乗って、送還先の空港まで送り届けるというかたちなので、「護送官付き送還」という言い方もされているようです。


 この「護送官付き送還」というのは、毎年何千件とおこなわれている強制送還全体のうち、数のうえではごく一部なのだということを、ひとまずおさえておいてください。



送還を拒否している人はごく一部


 【資料2】(退去強制令書発付件数と被送還者総数の推移)をみてください。


【資料2】


 退去強制令書発付件数というのは、強制送還しますよという処分が出た件数です。それと実際に送還された人数とをくらべてみるためにグラフにしたのが、これです。送還の決定が出た件数のうち、どれぐらいの割合で送還が実行されたのかという送還達成率みたいなののデータは入管は公表してません。それで正確な数字は出せないので、その割合をおおまかにイメージできるように図にしてみたわけです*1


 グラフをみると、送還の処分がくだされている件数と、実際に送還されている人数は、毎年、あまり差がないでしょう。処分件数よりも、実際の送還された数のほうが上回っている年もあるぐらいです。この5年分の数字を足して単純にわり算してみると、およそ99%です。退去強制処分の出た人のうち、大多数は最終的に送還されているのだということがわかると思います。入管の送還業務は大変に成績がよいんです。


 2つグラフをみてきましたが、ここからまず、退去強制処分が出て、しかし送還を拒否している人というのは、例外中の例外なんだということ。この点はあとでまたふれますが、頭に入れておいてください。



長期収容は帰国収容の手段


 それから、国外退去を拒否している人、拒否せざるをえない人がいるわけですけれど、入管がこの人たちをどう送還しているかということです。さっきみたように力ずくでの送還はごく一部なんです。なぜそうなのかという話は今日は省略しますけど、いろいろと制約があって力づくでの送還は主要な送還方法にはなりえません。じゃあどうやって入管は送還しようとするのか。それが、長期収容なのです。


 送還される人のほとんどは、最終的に自分の意思で帰っているわけですけれど、入管は送還対象の人をそう仕向けようとするのです。たいがいの人は、オーバーステイとかでつかまって入管施設に収容されたら、一日でも早く帰国しようとします。拘束されるのは当然イヤですから。入管から飛行機のチケット買って帰ってくださいと言われれば、すぐそうします。でも、全体のうちの割合としては少ないですけれど、帰るに帰れない事情のある人が一部いるわけです。難民など帰国したら身の危険があるという人、それから日本に家族がいたり、生活基盤が完全に日本にあるという人は、帰れと言われても帰れない。そういう人たちを長期収容で苦しい思いをさせて、「みずから」帰国させようとする、自分でチケット買って帰れよと、そういうことをやってるのが入管収容施設です。


 とくに2015年ごろからこっち、その歴史的経緯はあとでお話しますけど、入管は長期収容を手段とした帰国強要を徹底してやるようになります。その結果、人権侵害事件が頻発し、そのなかの一部が報道されて入管収容問題が表面化してきたというのが、こんにちの状況であるわけです。きょうは、人権侵害の具体的な事例、これらはだいぶ報道もされているのでひとつひとつあげることはしませんが、職員による暴行、医療放置、収容中の死亡事件、自殺者が出たり、自殺未遂が頻発している状況とか、報道に出ていますね。こうした人権侵害、抑圧下で、被収容者によるハンストなどもたびたび起こっています。そういった事件の背景にあって、それらを引き起こしているのが、長期収容を手段として帰国に追い込めという入管の方針であるわけです。


 ところで、これは身体的・精神的な苦痛を与えることによって、相手の意思を変更させようということですよね。こういう行為を言い表す言葉がありますよね。「拷問」です。公務員による拷問がおこなわれているんです。



意図的におこなわれている拷問


 私は、入管収容は実態として拷問なんだということを何年も前からいろんなところで言ってきたんですけど、以前はそれを言うために状況証拠を示していくことが必要でした。ところが、ここ最近は、入管自身がそのことを隠さなくなってます。こっちとしては話が簡単でよいのですが、入管は世論の反応をみながら認めても大丈夫だとナメてるんですかね。


 入管がゲロってる例をひとつあげます。上川陽子法務大臣(当時)。法務大臣は入管行政の責任者です。


 2点目の収容期間の上限を設けるということについてでありますが,収容期間の上限を設けますと,送還をかたくなに忌避し,収容期間の上限を経過した者全員の収容を解かざるを得なくなるということになります。また,収容を解かれることを期待しての送還忌避を誘発するおそれもあるということでありまして,適当ではないと考えたところでございます。(上川陽子法務大臣、3月5日の閣議後記者会見


 収容期間の上限をもうけると「送還忌避を誘発するおそれもある」、だからできないと言ってます。つまり、送還忌避をさせないため、帰国に追い込むために収容という手段を用いてるのだということを告白してるわけです。収容されている側からすると収容期間の上限がないから自分がいつ出られるかわからない、「収容を解かれることを期待」できない、そういう絶望的な状態に置くことで、自分から帰国するように追い込んでいくんだと、そう上川は言ってる*2


 別の例をあげます。


 不法滞在者等の効率的・効果的な摘発、送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇および積極的な送還執行について、様々な工夫や新たな手法を取り入れるなど、我が国社会に不安を与える外国人の効率的・効果的な排除に、具体的かつ積極的に取り組んでいくこと。[太字による強調は引用者]


 これは、「安全・安心な社会の実現のための取組について」と題された、2016年4月7日付の法務省入管局長通知です。入管の役人のトップから、地方入管や収容所に出された指示です。太字になっているところをみてほしいんですが、「送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇」を実施せよと言ってますよね。処遇というのは、施設の入所者に対する医療や食事、衛生、運動時間や自由を最大限に確保するとか、そういうことです。そうした処遇面において「送還忌避者の発生を抑制する」ようなものにしろと指示してるんです。つまり、収容されてる人が送還を拒否できなくなるような、もう帰国するしかないと思うような、そういう劣悪な処遇を実施せよと。びっくりするでしょ? こんなこと公文書に書いて指示出してるんですよ*3


 今年の3月に名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性のウィシュマさんというかたが、入管の医療放置というか、見殺しというようなかたちで命を落としました。ほかにもいろんな人権侵害事件が報道されてます。しかし、それらはたんに、たとえば「医療体制の不備」とか「処遇がゆきとどいてない」とかそういう問題じゃないんです。人が亡くなるのも「過失」、つまり意図してないミスで死んじゃったということではないんです。処遇を劣悪にして帰国に追い込めと、そういう指示を出してるんだから。わざと拷問をして、その結果人が亡くなったりしているんです。


 いままで話してきた「収容」の話をまとめます。長期収容というのは帰国強要の手段であって、意図的におこなわれている拷問であるわけです。それを制度の面で可能にしているのが、ひとつには、収容期間の上限が法律でさだめられていないということです。もうひとつは、この収容というのを入管は裁判所などの第三者のチェックなしにできるということです。入管の裁量で、司法審査なしでの無期限収容ができてしまうというのが、制度的な問題としてあります。


日本社会の問題として考える――入管の人権侵害(その2)につづく



*1: 退去強制処分を受けた人のうち、何パーセントの人が実際に送還されているのかというデータを、入管は公表していない。上にグラフにした数字も、一年ごとの退令発付件数と送還が実施された件数であって、これを単純にわり算すれば送還が執行された比率が出てくるというものではない。というのも、退令が発付されてから送還が実施されるまでには、場合よっては数か月、あるいは何年もかかることがあるからである。

 ただ、正確な比率はわからないまでも、このグラフから、退令処分を受けたひとの大多数が送還されているということはイメージできるのではないか。ちなみに、この5年間の退令発付件数を合計すると36,646、被送還者数の合計が36,244。わり算して98.9%になる。 

*2: 上川の発言が、入管収容を拷問として用いていることを事実上みとめたものだという点で、看過すべきではないということについては、つぎの記事で述べた。
上川法務大臣のおどろくべき発言 拷問を送還の手段にもちいることはゆるされるのか?
公然化されつつある拷問――出国強要の手段としての無期限長期収容 

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