2021年4月30日

私が入管法改悪に反対する理由――送還強硬方針からの撤退を!


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)



1.入管法改定で温存されようとしているもの


 国会で審議されている政府提出の入管法改定案に対して、反対の大きな動きが広がっている。なぜ、この法案に反対しなければならないのか。私なりに思うところをすこし書きたい。


 法律を変える、制度を変えると言うとき、私たちの関心は、どのような新しい制度が提案されるのかというところに向きがちだ。今回の政府法案についても、難民申請者などの人権を侵害しその命を危険にさらしかねない「改悪」と呼ぶべき制度変更が多数もりこまれており、そこに多くの人びとが危惧を表明し、反対の声をあげている。


 政府の法案が成立すれば、たとえば、難民認定の申請が3回目以降の人を入管は送還できるようになる。難民認定率が諸外国とくらべてきわめて低く、申請者の99パーセント以上が難民と認定されないような審査のやり方を見直さないまま、このような改悪がなされるのは大問題だ。


 もちろん、私も、こうした政府法案のめざす改悪というべき変更点について危惧を共有している。ただ、この法案が成立した場合に深刻な問題をあらたに生じさせるというだけでなく、それが、強制送還や収容についての今までの方針、古いやり方を温存させることになるだろうということにも注意をむけていきたいと思う。


 送還や収容をめぐる現状を私の理解でざっくりまとめると、以下のとおりである。


  1. 入管は、とりわけ2015年以降、在留特別許可の基準をきびしくするいっぽうで、無期限長期収容を手段にした強硬な送還政策をすすめてきた。
  2. この強引な方針が、入管施設でのハンガーストライキ、自殺をふくむ死亡事件、職員による暴行事件などさまざまな問題をひきおこし、マスコミなどで報じられ、長期収容問題として社会的に問題化されるにいたった。
  3. 他方で、入管の送還業務の観点からも、こうした強硬策は破綻・失敗したことは客観的にあきらかである。


 3については、あとでくわしく述べるが、破綻・失敗した方針は本来であれば断念するしかない。古い方針を断念してあらたな方針をたてるためには、従来の方針が失敗だったことを認めなければならない。ところが、今回、政府は、送還強硬策を今後も継続していくということを前提にした法案を出してきた。となると、この法案が成立してしまった場合、入管自身もこれまで以上に、従来の強硬方針にしばられることになるのではないか。私が危惧しているのは、そういうことであるが、もう少しそこを言葉にしていきたいと思う。




2.入管法改定のねらい


 まず、政府が入管法の改定にのりだした経緯をふりかえっておきたい。


 今回の法案は、法務大臣が設置した「収容・送還に関する専門部会」が2020年6月にまとめた提言[PDF]をもとに作成された。入管庁のウェブサイトでは、この「専門部会」設置の「趣旨」をつぎのように説明している。


 送還忌避者の増加や収容の長期化を防止する方策やその間の収容の在り方を検討することは,出入国在留管理行政にとって喫緊の課題となっています。

 そこで,今後,出入国在留管理庁が採るべき具体的な方策について,専門的知見を有する有識者や実務者の方々に御議論いただくこととし,法務大臣の私的懇談会である「出入国管理政策懇談会」の下に「収容・送還に関する専門部会」を設置しました。

収容・送還に関する専門部会について | 出入国在留管理庁


 「送還忌避者の増加や収容の長期化を防止する方策」などを検討すると言っている。このうち、「収容の長期化」については、現行法のもとでも仮放免制度というものがあり、これを活用することで解決は可能なはずである。そのために法律を改定する必要はかならずしもないが、法律を変えるとすれば、収容期間に上限をさだめて、たとえば6か月をこえて収容はできないことにすれば収容長期化問題は解消する。その気にさえなれば、収容長期化問題を解決するのは簡単なのである。


 ところが入管がそうしないのは、これを解決する意思がないからである。長期収容は、入管にとって「送還忌避者」を痛めつけ、帰国に追い込むための手段だ。このように収容長期化の状況を帰国強要のために意図的に作り出していることは、以下の2つの記事で述べたように、先月になって入管当局自身が公然とみとめるようにさえなっている。


上川法務大臣のおどろくべき発言 拷問を送還の手段にもちいることはゆるされるのか?

公然化されつつある拷問――出国強要の手段としての無期限長期収容


 政府あるいは入管当局が今回の入管法改定をくわだてる目的は、収容長期化問題を解決するためではない。先の「専門部会」設置の趣旨にあった、もういっぽうの問題、「送還忌避者の増加」*1に対処することが、政府が法改定をおこなおうとする理由なのである。




3.「送還忌避者」と送還一本やり方針


 入管庁は、2020年12月末日時点の集計として、以下のとおり示している*2


退去強制令書の発付を受けて収容中の者は942人,仮放免中の者は2217人

収容中の942人のうち,送還を忌避する被収容者は649人(69%)


 このうち、退去強制令書の発付を受けた仮放免者2217人と送還を忌避する被収容者649人を合わせた約3,000人が入管のいうところの「送還忌避者」にあたる。


 人間を収容施設に長期間にわたり監禁し、自由をうばうのは、人権侵害でありゆるされない。また、就労が禁止され社会保障から排除された仮放免の状態に人間を置きつづけることも、同様にゆるされない。「送還忌避者」と入管がよぶような状況は、すみやかに解消されなければならない。


 それを解消するには、2つの方法がある。1つは、退去強制令書(退令)の発付を取り消して、在留資格を認めることである。難民認定制度や、法務大臣にあたえられた権限で人道上の観点から在留をみとめる在留特別許可の制度がある。これらは、現状、適正に運用されていると言えるか、かなり疑問がある。


 「送還忌避」の状況を解消するもうひとつの方法は、送還(退去強制)を執行することである。


 現在、およそ3,000人もの人が、退令発付を受けながら送還にはいたっていないという、宙ぶらりんの状態におかれている。入管当局は、この人たちを「送還忌避者」と呼び、在留を認めるのではなくあくまでも送還の執行によってその人数を減らしていこう方針のもと、今回の法改定へと動いてきた。


 本人の意思に反した送還を強引にすすめていけば、送還された人が命をおとしたり、あるいは、家族や日本できずいてきた社会的な関係をたたれたりという、とりかえしのつかない事態をひきおこしかねない。


 それだけではない。送還一本やりでこの3,000人もの「送還忌避者」をへらしていくという方針自体が、現実的に不可能なのである。入管が不可能な方針に固執することで、問題解決は先送りされ、時間が浪費されていく。「送還忌避者」と呼ばれる人びとは、施設に監禁されて自由をうばわれるか、仮放免という無権利状態におかれつづけることになる。その間も、深刻な人権侵害は継続しているのである。




4.長期収容と護送官付き送還――送還の2つの方法


 「送還忌避者」が3,000人いるということ。入管は、これを送還業務がゆきづまっているというふうに認識している。これを打開するために、難民認定手続き中の送還停止効に例外をもうけるなどして、「送還の障害」をとりのぞきたいというのが、法改定へと政府をかりたてている動機である。


 しかし、「送還忌避者」をほとんどもっぱら送還によって減らしていこうという方針がいかに非現実的であるのか。そこをあきらかにするために、強制送還(退去強制)というものがどのようにおこなわれているのか、ということをみていきたい。


 「強制送還」と言ったときに多くのひとがイメージするのは、つぎのようなものではないだろうか。手錠や腰ひもによって身体を拘束し、大人数の職員によって無理やりに飛行機などに乗せて送還する。これは入管職員(入国警備官)が送還先の国の空港まで付きそうかたちになるので「護送官付き送還」などと呼ばれている。これは、送還を拒否している人を無理やりに送還するときに用いられる。しかし、じつはこの「護送官付き送還」は、数のうえでは、強制送還全体のうち、けっして多いものではない。


 下の図は、2014年から18年までの送還方法別の被送還者数をあらわしている(図は入管庁が公表している『出入国在留管理』から作成した)。



 例年、被送還者数(送還された人の数)全体のうち、93~95パーセントは「自費出国」と呼ばれるかたちで送還されている。「自費出国」とは、航空券代を送還される人が自費で負担するもので、最終的には本人が同意しての送還であるといえる。


 これに対し、全体の5~7パーセントは、「国費送還」といって、航空券代を国が負担する送還である。「国費送還」には、送還される本人が航空券代などを用意できない場合に国費からこれを支出するものも含まれる。送還を拒否している人に対して入国警備官が同行しておこなわれる「護送官付き送還」はさらにその一部(全体の数パーセント)である。


 この「護送官付き送還」の占める割合が小さいのは、それが予算や安全上の制約で簡単には実施できないからであろう。その理由はともかく、事実として、「強制」送還の大部分は、送還される本人が自分のお金で飛行機のチケットを買って、自分の意思で歩いて飛行機に搭乗するという形で、おこなわれている。送還は「自費出国」でおこなうというのが、入管にとっての原則なのだ。したがって、送還の執行をになう入管の職員にとって、どのようにして送還対象者を出国に「同意」させるかということが課題になるわけである。


 入管が送還対象者に「自費出国」をうながすのに主要な手段としているのが、「収容」すなわち施設に閉じこめて自由をうばうことだ。つまり、送還に応じて出国しなければ施設から出ることができないという状況をつくり、それがイヤなら自分の国に帰りなさいというかたちで「説得」をおこなうわけである。もっとも、これは入管の建前では「説得」であっても、客観的にみて「恫喝」や「強要」と言うべきものである。


 では、「護送官付き送還」は、入管の送還業務においてどのような位置づけになるのだろうか。この方法で送還できるのは、人数としてはごく少数である。それでも入管が毎年、なぜこのやり方での送還を一定数つづけているのかと言えば、見せしめの効果を期待しているからであろうと考えられる。


 入管は、この無理やりの送還を、しばしば他の被収容者たちにわざと見せつけるようなしかたでおこなっている。早朝の4時や5時といった多くの被収容者たちが寝ている時刻に、10名ほどの職員で居室に踏み込んで被送還者を連れ出すというやり方をわざととることがあるのだ。ほとんどの被収容者は、数人ごとにひとつの居室に収容されているため、この寝込みを襲うやり方は同室者たちの目前でおこなわれることになる。同室あるいは同じ収容区画の被収容者たちに与える動揺や恐怖をより小さくする方法がほかにあるだろうに、あえてこうした暴力を誇示するようなやり方をするのは、見せしめの効果を期待しているからにほかならない。送還の執行を担当している職員が、送還をこばんでいる被収容者や退令仮放免者に対し、「われわれば無理やりあなたを帰らせることもできる。それがいやだったら自分で飛行機のチケットを買って帰ってください」というようなことを言って送還に応じるよう「説得」することもたびたびある。


 つまり、入管の送還業務において、「護送官付き送還」もまた、「自費出国」をうながすための手段という位置づけだと理解してよい。


 無期限長期の「収容」が被収容者に苦痛を与え、時間をかけて心身を破壊していくものであることは、言うまでもない。もう一方の「護送官付き送還」も、これにより送還される人に対して暴力がふるわれているだけではなく、これを見せつけられる他の被収容者にもはげしい恐怖をあたえる行為だ。このように、苦痛や恐怖をくわえ心身を破壊する暴力が、強制送還の手段としてもちいられているということなのである。


 人間に対してこのような方法をとることが、ゆるされるのだろうか。これは、相手が難民だからゆるされないとか、「犯罪者」でないのにこんな目にあわせてはいけないとか、そういう話ではないと思う。どのような相手にであれ、やってよいことではない。また、こんな行為を「いたしかたない」と許容、あるいは正当化しうる理由があるとは、私にはとうてい思えない。




5.出口のない送還強硬方針からは撤退すべき


 さて、2015年9月18日に法務省入国管理局長は通達「退去強制令書により収容する者の仮放免措置に係る運用と動静監視について」を出して、各地方入管局長などに仮放免許可申請への審査を厳格化することと、仮放免中の人への「動静監視」の強化を指示した。この後、各収容施設では収容が長期化し、すでに仮放免されている人の再収容が激増していった。


 この2015年通達後に強化されたのが、長期収容をおもな手段として「送還忌避者」を徹底して送還していこうという方針である。必要な資料の開示を入管庁がこばんでいるため*3、この方針のもとどれほどの「成果」があったのか、評価するのはむずかしい。しかし、2019年12月末時点で約3,000人の「送還忌避者」が存在しているという事実からは、これをもっぱら送還によって減らしていこうということが、現実的にみて無謀きわまりない愚劣なくわだてだということはあきらかなのだ。


 入管は4年以上にわたって強硬な送還政策をつづけて収容施設で自殺者や餓死者を出し、おびただしい数の人の健康を破壊し、さらに被収容者の家族の生活をもめちゃくちゃにしてきた。それでもまだ数千の人が送還にいたらず、収容施設に閉じ込められ、あるいは仮放免状態におかれている。で、入管は、まだこの送還の強硬方針をつづけるんだと言っている。「送還忌避者」を送還で減らすために法律を変えてほしい、送還のための権力をもっとわれわれに与えてくれ、と。入管は何人ころせば気がすむのか。どれだけ人の人生をめちゃくちゃにすれば気がすむのか。人間の生命と人生をもてあそぶのはたいがいにすべきだ。


 いま国会で審議されている改悪法案が通ってしまえば、入管は送還のための権力をいま以上にふるうことができるようになる。難民申請が却下され、それでも帰国するわけにはいかないからくり返し難民申請せざるをえない人は少なくない。そういうひとが、無理やり飛行機に乗せられ、送還されてしまえば、どのようなことがおこるだろうか。「護送官付き送還」で無理やり送り返されるのはこわいからと、3回目の難民申請をとりさげて、「みずから」飛行機に乗って帰る人も、出てくるかもしれない。その人が迫害を受けたとき、だれがどうやって責任をとるのか。「自分の意思で」帰ったのだから「自己責任」だと、日本の政府や入管は言うのだろうか。


 それだけではない。現在はコロナの感染対策で仮放免されている人も、ワクチンの開発・普及などによって感染が脅威でなくなれば、入管は再収容にのりだしてくる可能性が高い。結局のところ、数千人におよぶ「送還忌避者」をもっぱら送還によって減らそうとするならば、その主要な手段となりうるのは、無期限長期収容でいじめぬく、ということ以外にはなく、「護送官付き送還」など他の方法はあくまでの補助的な手段にとどまるからだ。そのことは政府の法案が成立してもかわらない。


 ところが、長期収容によって送還に追い込むということでは、数千人規模にふくらんだ「送還忌避者」の大部分を送還することなどできるはずがないのである。それは、2015年以降の入管の送還強硬策が「成功」せず、おびただしい人権侵害をまねいたにすぎなかったという事実によって、すでに実証されている。


 この5年あまりのあいだで、長期収容を主要な手段とする送還強硬方針の失敗・破綻はあきらかになった。失敗・破綻のあきらかな方針を入管がいまだ転換せず、これに固執しているのは、少なくない数の入管の役人が、失敗をみとめて責任を問われるのがイヤだと考えているからだとしか考えられない。


 送還一本やりと言うべき従来のやり方で「送還忌避者」を減らしていくのは無理だ。かといって、仮放免の無権利状態に置きつづけたり、施設に監禁していじめて出国を強要しようという今のやりかたを続けることもゆるされない。結局のところ、在留特別許可などの制度を適正に活用し、在留を正規化していくことをもっと広範に検討していくというところにしか、出口はないのだ。


 すでに破綻した方針に固執して問題の解決を先送りにすること自体が、深刻な人権侵害状況を継続させるということであって、ゆるされない。政府が出している入管法改定案はいったん廃案にしたうえで、現行法のもとで可能な施策、人間の命と人権をまもるための施策を検討し、実行していくことからはじめるべきである。






注 

1: もっとも、「送還忌避者の増加」というものの、入管庁は「増加」といえる根拠をデータで示していない。入管は「送還忌避者」を「出入国管理の実務上、退去強制令書の発付を受けたにもかかわらず、自らの意思に基づいて、法律上又は事実上の作為・不作為により本邦からの退去を拒んでいる者」と定義している。退去強制令書の発付を受けて退去を拒んでいる人には、入管施設に収容されている人(送還忌避被収容者)と、仮放免許可を受けて収容を解かれている人(退令仮放免者)の2通りがある。このうち、退令仮放免者については、入管は年ごとに人数を公表しているが、送還忌避被収容者の人数は2020年の6月末と12月末時点での統計を公表しているにすぎない。
 この点について、福島みずほ参議院議員は2013から18年の各年における「送還忌避被収容者」の数を示すよう質問趣意書で求めている。ところが、政府は「集計を行っておらず、お答えすることは困難である」としてこれに回答しなかった。 


3: 注1で述べたとおり。

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