2021年7月22日

在留カードと読み取りアプリ


【ふりがなを つける】(powered by ひらがなめがね)

 


1.在留カード読みとりアプリ


 出入国管理庁(入管庁)がそのウェブサイトで、「在留カード等読取アプリケーション」なるものを無料配布している。


在留カード等読取アプリケーション サポートページ | 出入国在留管理庁


 これは、外国人住民の持つ在留カードや特別永住者証明書が偽造されたものかどうかを調べることができるアプリだ。このアプリを入れたスマートフォンを在留カードなどにかざすと、カードに埋め込まれたICチップに記録されたデータを読み込むことができるというもののようだ。


 入管庁がこうしたアプリを無料でだれでもダウンロードできるかたちで配布しているということについては、当然ながら批判がなされている。たとえば、以下の東京新聞記事では、「アプリが差別を助長する可能性を想定できなかったのか」(伊藤和子氏)、「外国人の監視に市民が動員される」(鈴木江理子氏)といった批判的なコメントが紹介されている。


【動画あり】「外国人監視に市民を動員」入管庁が在留カード真偽読取アプリを一般公開 難民懇が問題視:東京新聞 TOKYO Web(2021年6月15日 20時37分)


 これらの批判には全面的に同意しつつ、しかし同時に、そもそも在留カードというものを通してなされてきた外国人管理システム自体を批判的にみていかなければならない、ということも思う。今回のアプリ以前に、在留カードそのものを批判的に問わなければならない。




2.2012年に導入された在留カード


 さて、くだんのアプリは、在留カードの偽造を見分け、これを防止することを目的にしたものだろう。在留カードを偽造して売っている人がいるわけで、そうした行為がよいことだとは思わないけれど、これを買う人たちには切実な事情があることもある。なぜ偽造カードが必要とされるのかという点は、考える必要があるだろう。


 在留カードの導入がきまったのは、2009年の入管法改定によってである。それ以前の制度においては、外国人の在留情報は、2つの法律のもとで二元的に管理されていた。入管法と外国人登録法である。入管法にもとづいて入国管理局が外国人の出入国と在留の管理をおこなう一方、市区町村が外国人登録に関わる実務をになっていた。この従来の制度のもとでは、オーバーステイなどで在留資格のない外国人でも自分の住んでいる市区町村に届け出れば外国人登録をすることができ、限定的ながら一部の住民サービスを受けることもできた。


 2009年に入管法が改定されるとともに外国人登録法は廃止されることになり、2012年7月から外国人の在留情報は国(入管)によって一元的に管理されることになった。従来の「外国人登録証」にかわり、「在留カード」または「特別永住者証明書」が交付されることになった。しかし、在留資格のない非正規滞在外国人は交付を受けられず、住民登録から排除された、住民としていわば存在しないかのようにあつかわれることになったのである。


 入管の公表している統計によると、この新しい在留管理制度の施行された2012年の時点での「不法残留者」数は6万人超。これほどの規模の非正規滞在住民の存在をまったく前提としない(あるいは不在を前提とする)かたちで、在留カードは導入されたのである。




3.在留カードが導入された文脈


3ー1 「不法滞在者半減5カ年計画」(2003年~)


 この在留カードの導入は、2000年ごろに始まる、非正規滞在外国人を日本社会から徹底的に排除し、いわば「撲滅」しようとするかのようなもろもろの政策との関連において、理解する必要があると思う。


 これは私の個人的な記憶によるものなので、いずれちゃんと客観的に検証しなければならないと思っているのだけれど、「不法滞在者」「不法滞在外国人」という、従来はさほど一般的ではなかった用語がマスコミにあふれだしたのは2000年前後だったと思う。「ピッキング」「サムターン回し」といった手口で建物に侵入しての窃盗が「不法滞在外国人」による犯行だというかたちでテレビや新聞でさかんに報道されたのだ。


 いまにして考えてみると、警察当局を情報源とするこうした報道は、その後の非正規滞在外国人に対する摘発強化にむけての計画された政治的プロパガンダであったのだろう。2003年10月に法務省入管、警察庁、警視庁、東京入管の4者による「首都東京における不法滞在外国人対策の強化に関する共同宣言」が出され、同年12月には政府の犯罪対策閣僚会議が「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を発表した。これらは「不法滞在者」が「犯罪の温床」であるという差別的な決めつけをおこなったうえで、これに対する摘発強化が必要だと述べた文書である。


 後者の「行動計画」が「不法滞在者半減5カ年計画」に位置づけた翌04年から08年までの入管と警察の連携しての徹底した摘発がおこなわれ、結果的にこの5年のあいだに入管の推定する「不法滞在者」数は約25万人から13万人ほどまでほぼ「半減」している。2000年ごろに「不法滞在外国人」という言葉が窃盗などの犯罪と結びつけられたかたちでマスコミに氾濫しだしたのは、この大摘発作戦にむけてのプロパガンダによるものと考えるのが自然だ。


 ちなみに、東京都港区にある現在の東京入管の庁舎が完成し、その使用が開始されたのが2002年。収容人数800人とされる巨大収容場をそなえた新庁舎の建設も、大規模な摘発を想定してのものだろう。



3ー2 不法就労助長罪の厳格化


 こうして、政府は2003年ごろから在留資格のない人に対する徹底的な摘発と送還をおこなってきたわけだが、そのいっぽうで、非正規滞在者が日本社会でなんとか生き抜いていくための条件をつぶしていくということもすすめてきた。2009年の入管法改定には、非正規滞在外国人にとって死活問題となりうる重大なポイントが、在留カードの導入のほかにもあった。不法就労助長罪の厳格化である。


 不法就労助長罪とは、「不法就労」となる外国人を雇用したり仕事をあっせんしたりする行為であり、罰則として3年以下の懲役または300万円以下の罰金が規定されている。09年の改定では、この不法就労助長罪が、過失であっても適用されることになった。つまり、この法改定により、在留資格や就労許可がない外国人をそうと知らずに雇った場合でも、雇い主などが罪に問われうることになったのである。


 さらに、同じ年の法改定では、この不法就労助長行為があらたに退去強制事由にくわえられた。外国人がこの罪に問われた場合に、在留資格を取り消され退去強制(強制送還)の対象になることもありうるようになったのだ。


 こうして、雇用する側にとって、非正規滞在者を雇うことは大変なリスクをともなうようになった。雇用者が外国人の場合はそのリスクは致命的ですらある。退去強制によって日本での生活も事業もすべて失いかねないのだから。


 この不法就労助長罪の厳格化は、非正規滞在外国人が生活の糧をえるために働く場所を徹底してつぶしていこうとするものだ。なんらかの経緯で在留資格のない状態で日本に滞在している人たちの多くは、生活のために就労せざるをえない。就労の機会は、社会保障から疎外された非正規滞在外国人にとってはなおさら生存に不可欠な条件でもありうるのだ。


 それにしても、在留資格のない状態で日本に滞在するということがたとえ問題だと考えるにしても、現にこの社会で生きている人間の生存の条件を破壊してまうのは、いくらなんでも度をこしているのではないか。




4.在留カードの偽造よりはるかに重大な問題


 以上みてきたような経緯をふまえつつ、在留カードの導入、そして問題になっているアプリについて考えてみたい。


 バブル期以降1990年代を通じて、日本政府は非正規滞在外国人の存在を一定程度黙認し、これを労働力として活用するという政策を事実上とってきた。こうして日本社会は、非正規滞在者の労働力に依存してきたわけだが、これを徹底的に排除していこうという方向への転換を政府が明確に打ち出し始めたのが2003年ごろ。00年代を通じて、「不法滞在者」に対する集中的な摘発がおこなわれるいっぽう、その就労機会をつぶして社会から締め出していこうということがくわだてられてきたのだということが言える。


 2012年に廃止された外国人登録法のもとでは、もちろんこの法自体は外国人住民をもっぱら管理するためのものであったのだが、在留資格のない外国人でも居住地の自治体に届け出れば住民登録ができた。地方自治体はこれをもとにして在留資格がなくても住民としてあつかい、社会保障制度を限定的ながらも適用する余地があったのであり、実際にそうした例は少なくなかった。ところが、外登法が廃止され同時に在留カードが導入されて以降は、非正規滞在の外国人はほぼ完全に社会保障から排除されることになった。


 こうして、2000年代以降の政策は、非正規滞在外国人がかろうじて生きていくことを可能にする、社会のすき間のようなところすら破壊しつぶしていくことを指向したものだった。在留資格のない人に対する摘発・送還というかたちでの排除が強化されたのと同時に、在留資格がない人の生存できない国づくり・社会づくりが進められていったのである。まさにこうした国づくり・社会づくりにおいて導入されたのが在留カードである。


 09年の法改定によって、不法就労助長罪は、過失でも適用されるようになった。雇用主にとっては、雇用しようとする人が外国人である場合、在留資格があるのか、就労許可の範囲内なのか、確認しなければ自身に危険がおよぶ。「知らなかった」ではすまなくなったわけで、外国人を雇用するさいに在留カードを確認することが雇用者らに義務づけられたということだ。


 こうなると、就労機会から締め出された非正規滞在外国人のなかには、生きるために偽造在留カードを使わざるをえない人もでてくる。だったら自分の国に帰ればよいじゃないかと言う人もいるだろうが、身に危険がおよぶおそれがあるなど「帰国」できない事情をかかえている人も少なくない。そのうえ、問題の在留カード読みとりアプリである。それはさらに徹底して非正規滞在者などの生存手段をつぶしていこうというものだ。


 「不法滞在」「不法就労」だとか、偽造在留カードを使うことだとか、それは今ある法に違反する行為であるとはいえ、他人を傷つけたりその財産を盗んだりするものではまったくない。これに対して、上にみてきたような為政者の所業は、「不法滞在者」とされた人間の生存の手段を破壊していこうとするもので、端的に言えば「人殺し」である。ある人がルールに違反している状態にあるからといって、その人の生存手段をうばってよいはずがない。


 非正規滞在者らを就労機会から締め出そうとして日本政府が執拗におこなってきた諸政策は、たとえるならば、懲罰的な動機によって特定の住民の水道や電気を止めてしまうとか、ホームレス状態にある人を野宿している公園から締め出すとか、そういった行為に近い。また、生存するうえで必要になっている条件を破壊していくというやり口は、雑草や害虫を駆除するやり方にそっくりである。あるいは戦争状態における軍事的な作戦のようでもある。この社会に暮らす人間たちが生きられるようにするための施策ではなく、特定のカテゴリーに位置づけられた住人を生きられなくする施策である。


 「不法就労」やら偽造在留カードとやらを問題にするまえに、私たちの社会はやるべきことがある。それは、ここに暮らすあらゆる人間の生存を保証し尊重しなければならないという社会的な合意をつくることである。こんなことも満足にできていないような現状で、「不法就労」の防止だとか在留カード偽造の防止だとか、くだらないことをほざいてる場合ではないのだ。人間を害虫のようにあつかう国家をただしていくことこそ優先してとりくまなければならない課題であって、批判的に問われるべきなのは「不法滞在者」などではなく日本国のあり方である。


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