2022年12月25日

安城市職員の外国人差別事件と「帰国支援事業」


 安城市職員の対応がとんでもなくひどい。


「国に帰ればいい」 日系ブラジル人の生活保護拒否、誤情報伝える | 毎日新聞(2022/12/23 07:30(最終更新 12/23 18:40))

 愛知県安城市役所の職員が、生活保護を申請しようとした日系ブラジル人の女性(41)に、「外国人に生活保護費は出ない」と虚偽の説明をしていたことが、関係者への取材で判明した。職員は「国に帰ればいい」と暴言も浴びせたという。支援者らの働きかけで受給が決まったが、女性は「ほかの外国人も同じような目に遭っていないか心配だ」と話している。


 国籍がどうであれ、安城市に住んでいるならば安城市の住民である。市役所の役人が、住民に対して外国人であることを理由に生活保護の申請を拒否ないし妨害するのは、あきらかに越権行為だ。というか、普通に違法行為だよね。

 法にもとづいて仕事をすべき市の職員が、法ではなくてめえの勝手な差別主義にもとづいて、住民の生活保護申請を拒否するという行為をおこなったのだから、当然、この職員は厳しく処分される(された)のだろうな。

 と思ったら、「安城市は取材に『個人情報に関わることであり、何も答えられない』と話している」だって……。えー!。職員の対応のひどさも驚くが、この記事を読んで驚くべき一番のポイントは、市のこの取材への対応じゃないだろうか。職員への処分はともかくとしても、自分とこの職員がしでかした明白な差別事件に対してコメントしないというのは、びっくりである。



 さて、このニュースを読んで、私は十数年前に自分がある日系ブラジル人2世のかたから教わったことを思い出した。

 当時、わたしは入管に収容されている人に面会する活動をはじめたばかりのころで、そのかた(「Sさん」とここでは呼ぶことにします)と出会ったのも入管施設の面会室だった。Sさんは私にとって尊敬する人のひとりであって、たぶんこの人と出会ってなかったらこの活動を続けてなかったかもしれないと思うこともある。

 Sさんとは入管の面会室のアクリル板をはさんでいろいろな話をしたが、あるときこういうことを言われた。「永井さんや日本人は知らないでしょうけれど、日本政府はかつて日系人に対して帰国支援事業というのをやったんです。日系人にとっては屈辱的なことで、ブラジルの大統領も日本に抗議したほどです」。

 文言は正確に再現できていないだろうが、「日本人は知らないでしょうが」ということをSさんから言われたことは、強く印象に残っている。わたしは「帰国支援事業」について聞いたことすらなく、まったくなにも知らなかった。



 リーマンショック(2008年9月)後、日本でもたくさんの労働者が職を失ったが、日系人など外国人労働者への影響は日本人労働者へのそれ以上に甚大なものだっただろうことは想像に難くない。

 翌2009年の4月から政府は「日系人離職者に対する帰国支援事業」なるものを実施する。厚労省のウェブサイトで公表されている報道発表資料から引用する。


厚生労働省:日系人離職者に対する帰国支援事業の実施について(2009年3月31日)

 現下の社会・経済情勢の下、派遣・請負等の不安定な雇用形態にある日系人労働者については、日本語能力の不足や我が国の雇用慣行に不案内であることに加え、我が国における職務経験も十分ではないことから、一旦離職した場合には再就職が極めて厳しい状況におかれることとなります。

 こうした中、母国に帰国の上で再就職を行うということも現実的な選択肢となりつつある状況です。

 このような状況を踏まえ、与党新雇用対策に関するプロジェクトチームにおいても帰国を希望する日系人に対する帰国支援について提言されているところであり、厚生労働省としても、切実な帰国ニーズにこたえるため、帰国を決意した離職者に対し、一定の条件の下、帰国支援金を支給する事業を平成21年度より実施することとしたものです。(別添参照)


 失業した日系人労働者に対し、「帰国するならいくらか金を出すよ」という事業だ。「別添」(PDF)をみると、この事業のえげつなさはより伝わってくる。

 この事業の実施主体はハローワークである。支給額は「本人1人当たり30万円、扶養家族については1人当たり20万円」。

 あたりまえだがハローワークは仕事を紹介するところだ。で、ハロワークに来る人というのは、これも当然ながら仕事を探しに来るのである。仕事を探しに来たら、仕事を紹介してくれる機関の職員から、「仕事をあきらめて帰国するならお金出しますよ」というようなことを言われるわけだ。支援金の金額は、およそブラジルなど南米までの片道の航空券代といったところか。

 さらにクセモノなのが、上の引用部分にもあるように、支援金は「一定の条件の下」支給するとしているところである。「別添」によると、帰国支援金の「対象」はつぎのように規定されている(太字協調は引用者)。


 事業開始以前(平成21年3月31日以前)に入国して就労し離職した日系人であって、我が国での再就職を断念し、母国に帰国して同様の身分に基づく在留資格による再度の入国を行わないこととした者及びその家族


 これは何を言っているかというと、“支援金を受け取って帰国したらもう日本に働きに戻ってくることはゆるさんぞ” ということである。

 日本に来る日系人は、2世は「日本人の配偶者等」、3世は「定住者」という種類の在留資格を与えられる。どちらも就労可能な在留資格で、かつその就労の内容に制限がない。つまり、支援金の「対象」を「母国に帰国して同様の身分に基づく在留資格による再度の入国を行わないこととした者及びその家族」とするというのは、支援金を受け取ったら今後日本に戻ってこれまでのように就労することはゆるさない、と言っていることなのだ。

 そもそも、どうして日系人の2世3世たちが日本に働きに来るようになったかといえば、工場などの人手不足をおぎなうために日本が呼び込んだからでもある。「定住者」という在留資格もそのために90年代の入管法改定で新設されたのだと考えてよい(そのあたりの経緯はこちらで触れております)。

 人手が足りないときは法律をいじくってまで人を呼び込んでおきながら、景気がわるくなって失業・困窮すれば、「飛行機代出すから帰ってくれ。金を受け取ったらもうもどってくるな」と。日本政府が日系人にやったのはそういうことだ。しかも、「帰国支援事業」が実施された2009年は、日系人労働者を呼び込みはじめた1990年から20年近くもたっているときである。当時すでに日本の社会に定住していると言ってよい人もたくさんいたはずだ。にもかかわらず、「困窮したなら帰国したらいいんじゃない?」とやったわけだ、日本は。それも国策として。なんという仕打ちだろうか。これが人間に対するまともなあつかいと言えるだろうか。モノを「使い捨て」るような仕打ちである。

 「国に帰ればいい」と暴言をはいて違法にも生活保護の申請を妨害・拒否した安城市の役人の思考は、外国人をあからさまに使い捨ての労働力としてあつかってきた日本の国策から逸脱しているとは、残念ながら言えないのではないか。ほんとうにクソすぎる、恥ずべき現実であるが。

 法的にも社会的なコンセンサスとしても、国籍にかかわらず住民が平等でありひとしく権利を保障されるように社会をつくりなおしていくということが必要なのだと思う。


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