2026年2月12日

強制送還に「密着」したと称する動画について



 入管の強制送還にテレビ初密着 「あと1日ほしい…」抵抗する人も “不法滞在者ゼロ”に向けた最前線に迫る(2026年02月02日) - YouTube


 「テレビ初密着」だそうだ。

 ナレーションでも「強制送還の一部始終をメディアとして初めて取材することができました」と言ってほこらしげだが、もちろんこれは入管の広報・宣伝にテレビ局が媒体を提供して協力したというものだ。

 入管が見せたい(あるいは見せてもよい)と考えている映像をテレビ局は撮らせてもらって放送しているにすぎないわけだから、「初めて取材することが……」などとまるで自分らのやっていることが報道の名にあたいする何かであるかのように言うのもずうずうしいなあと思うのですが、まあそれはどうでもいいです。フジテレビにジャーナリズムなど期待するだけムダだろうから。

 それより私が軽くショックを受けたのは、強制送還のこれほどむごい実態を見せてもマイナスにはならない、それどころかプラスになると入管がみつもっているのだなあということ。そして、入管がそうみつもるのは、少なくとも現時点においては正しいのだろうと考えざるをえないことに対してである。

 2人の人間の人生が強制送還によって暴力的に大きく変えられるのを放送したところで、「入管による人権侵害だ」などと言って問題にする人などほとんどいないだろう。むしろ、入管の仕事に対してコクミンの好意的な理解を得るのに有効だろう。そう見込んだからこそ入管はフジテレビに「密着」させてこんな映像を作らせたのだろう。

 私は、入管のその見込みどおりになるのを許すべきでない、見すごすべきでないと考えるので、いまこのブログを書いている。



 (フジテレビが制作・放送した)入管の広報映像には、東南アジア出身とされる2人の人が登場する。

 ひとりは、「20年間にわたり不法滞在してい」るとされる女性。入管職員から強制送還を執行するとつげられ、ひどく動揺するようすもうつし出される。少なくとも20年以上は日本で生活してきたということなので、当然だろう。長年ここできずきあげてきた人間関係から引きはがされて、20年以上ぶりのもはや変わりはてただろう「故郷」に放り込まれるのである。むごい話である。

 もうひとりは、トータルで30年、日本でくらしてきたという男性。はじめて来日したのはバブル期だったとのこと。過去にも送還されたことがあり、送還後の上陸拒否期間に他人名義のパスポートを使って来日したということらしい。家族を日本に残し、ひとり「母国」に送還されるとのこと。送還直前に荷物を整理しながら、長年日本でくらしてきたこの人は「オレの人生は日本」と言って涙をながす。むごい話である。

 フジテレビによる「報道(まがいの入管広報)」をみるかぎりでは、このおふたりは自身の難民性を主張しているわけではないようだ。入管がそういうケースを選んで撮影させたのだろう。ここらへんも、入管はコクミン世論をみすかしているんだろうなと感じた。迫害のおそれのなさそうな人を「不法滞在者」として送還することを問題視する声などあがらないだろう、と。

 ところが、映像というのは、ときとしてその制作者の意図をこえて雄弁に語ってしまう。いわゆる難民のケースでなくても、強制送還という措置がいかにむごたらしいものになることがあるのか、この15分ほどの動画は示してしまっている。そう私には思える。

 だから、この動画を、入管のプロパガンダのために作られた動画を、多くの人が見てほしいとすら思う。そうして感じたこと、自身の心の動きの経過に向き合い、できることなら言葉にしてシェアしてほしいと思う。皮肉として言ってるわけではない。まじめにそう思う。



 長年くらしてきた町から、見なれてきた風景から、なじんだ食生活から、結んできた人間関係から、当人の意に反して引きはがして追放する。そんな行為のむごたらしさをおおいかくすことはできない。入管の施策を正当化するために作られた動画ですら、そのむごたらしさを具体として表現してしまっている。

 おそらくこの動画を見た人の多くは、入管職員たちの行為を正当化できる理屈を探し始めるだろう。そこには「正当化」の必要な行為がうつしだされているからである。ある行為について「正当化」が必要なのは、その行為がすくなくとも全面的には正当ではないと感じているからである。その心の動きを私たちは直視すべきなのだと思う。

 気分がわるくなる人もいるだろうから、むりはしないでほしいのだけど、心に余裕のあるひとは冒頭のリンク先の動画についたコメントをいくつか読んでみてほしい。「不法滞在者」とされた人にむかってくちぎたなく攻撃するコメントのいくつかを見て、なぜこの人たちがこれほど余裕なく憎悪をたぎらせているのかと問うてみよう。この人たちは、画面にうつる入管職員の行為に、「正当化」しなければならない(つまりは、全面的に正当とは言えない)要素があることに、おそらく気づいている。

 ある行為の不当さ、あるいは加害性から目をそむけたいとき、私たちはそのむごたらしい目にあっている被害者のほうの瑕疵(かし)を探そうとする。「この人にも非があるのだから、ひどい目にあうのは仕方がない」と考えようとする。あるいは、もっと積極的に「制裁を科されるのは正当だ」と考えたりする。でも、「不法滞在」とやらはそんなに大きな瑕疵ですかね?



 動画の最後にはこんなナレーションが流れる。

 「不法滞在者を安全に送還するために、入管職員たちは日々慎重な対応にあたっています」

 このプロパガンダ動画の全体的なトーンがまさにこのような演出で作られている。入管職員が、送還しようとする「不法滞在者」に対して、あくまでも親切にていねいに対応しようとしているようすがうつされる。

 で、なかなか興味深いのは、そうした映像に対して、どんなコメントが書きこまれているのかということである。いくつか例をひいてみよう。


@surgekiller

最後の晩餐って2回目やん。

可哀想なんて微塵も思わない、むしろ犯罪者にこんな良い扱いに驚いた。


@ポクポク和尚

あのさぁ……

優しくしてどうすんの?

「日本人は冷たい」って思わすほど雑に扱った方がいいんだよ。


@ntakito138

優しすぎでしょ。税金もどうぜ払ってないんだし、全部没収すりゃよいじゃん


@momoy1027

なんでこんなに丁寧に対応してるんだろう


@カズくん-s5r

もっと対応を厳しく、優しすぎる。


 ひとつひとつはごく短いものにすぎないコメントに対し、その深層を推測するようなことを言うのはあまりフェアではないかもしれない。しかし、「不法滞在者」に「優しく」対応すること、「かわいそう」と同情することに、怒りと憎悪をぶつけるコメントが無数によせられることの意味をどう解釈したらよいのだろうか。まるで、「不法滞在者」に対しコメント者自身が同情をよせてしまう可能性に恐怖し、これをいわば「予防」しようと攻撃的な姿勢をとっているようにみえないだろうか。

 強制送還はコクミン世論のヘイトを扇動して作り出し、これを利用しながら進められている。でも、そのヘイトは強力でありながら、もろさをかかえているようにみえる。簡単ではないだろうが、絶対にこれをつきくずすことは可能だと私は思う。がんばろう。