2023年8月28日

全国紙4紙の社説がどれが産経新聞か区別がつかなくなっている件 核汚染水の海洋投棄をめぐって

  24日午後、岸田内閣の閣議決定を受けて、東京電力は福島第一原発の汚染水の海洋への投棄をはじめた。25日に中国政府は、日本からの水産物について全面的な禁輸措置をとると発表。

 で、翌26日の全国紙の社説は、いっせいに中国たたきで足並みをそろえている。読売や産経だけでなく、朝日も毎日も。もとよりこれら各紙のあいだには「右か左か」あるいは「右も左も」と言えるような差異や個性はなかったのだけれども。とはいえそれにしても、ここまで論調が一致するのはなかなかないことなのではないだろうか。タイトルだけ並べてみても、なかなかすごいものがある。


社説:中国が水産物全面禁輸 即時撤回へ外交の強化を | 毎日新聞(2023/8/26 東京朝刊 )

(社説)中国の禁輸 筋が通らぬ威圧やめよ:朝日新聞デジタル(2023年8月26日 5時00分)

社説:水産物の禁輸 中国は不当な措置を撤回せよ : 読売新聞(2023/08/26 05:00)

【主張】中国の水産物禁輸 科学無視の暴挙をやめよ - 産経ニュース(2023/8/26 05:00)


 上のそれぞれのタイトルをみてもわかるように、中国の禁輸措置が不当であり撤回すべきだという結論で4紙は一致しているが、その内容においても差異はきわめて小さい。紙名をかくして文章だけ読んで、それぞれがどこの社説なのか当てるのは、なかなか難しいのではないか。

 どの社説も、中国の禁輸措置には科学的な根拠はないと決めつけるいっぽうで、日本政府の「処理水」放出の決定に対してはまったくの無批判で追従するというものになっている。政府の主張をなぞるだけだから、どの社も同じような内容になる、ということなのだろう。

 そして、こっけいなのが、どの社説も禁輸措置を決めた中国の主張は科学的な根拠がないのだと言うのだけれど、その言い分がいずれも、すでに中国側から反論ずみの日本政府の主張をくり返したものにすぎない点である。

 以下のリンク先は駐日中国大使館報道官の声明(7月4日)である(日本語で書かれています)。これと上記の4紙の社説を読み比べてみるとおもしろい。


駐日中国大使館報道官、日本福島放射能汚染水海洋放出問題について立場を表明 - 中華人民共和国駐日本国大使館


 たとえば、毎日と産経のつぎの記述。


 放射性物質トリチウムを含む水は、中国など各国の原子力施設から海や河川に放出されている。日本政府は、処理水のトリチウム年間放出量が中国の主要原発を大きく下回ると強調している。[毎日新聞]


 トリチウムは放射性元素だが発する放射線は生物への影響を無視できるほど弱い。しかも口から摂取した魚介類や人体からも速やかに排出される。 

 そもそもトリチウムは、宇宙線と大気の作用で自然発生し、日本に1年間に降る雨には約220兆ベクレルが含まれている。それに対して今後、第1原発から計画的に放出されるトリチウムの量は年間22兆ベクレル未満にすぎない。それを海水で大幅に薄めて放出するので、生態系などへの影響は起きようがない。しかも中国の原発も大量のトリチウムを放出しているではないか。[産経新聞]


 ここで言われていることのひとつは、中国などの原発だってトリチウムを放出しているではないか、なぜ日本の放出だけが問題にされなければならないのか、というものだ。しかし、この点は、さきの中国大使館報道官の声明ですでに反論されている。


 日本側が福島核汚染水のトリチウム量と原発が正常に排出される冷却水のそれと同列に扱うのは、ストローマン論法であり、故意に世論をミスリードするように見える。福島核事故によって発生した核汚染水と原発の正常な運行による排出水とは本質的に違うのは基本の科学的常識である。両者には発生源も、放射性核種の種類も異なり、比べ物にはなれない。原発事故での融解炉心と直接接触した福島汚染水には猛毒とされているプルトニウム、アメリシウムなど超ウラン核種が含まれ、それらを海洋放出する前例はない。一方で、世界中の原発で何十年も安全に運行し、信頼されているシステムで処理した原発の排出水はそれとまったく別のものである。


 融解炉心と接触した福島の汚染水にはトリチウム以外の核種がふくまれるのであって、その放出は、融解炉心と接触しない冷却水の放出と同一視することはできない、というわけだ。

 上記の毎日や産経の主張は、論点をトリチウムのみに限定することで、その放出による環境への影響を小さくみつもろうとしているが、東京電力の放出しようとする「処理水」には他の核種もふくまれる。中国大使館の報道官は、そのトリチウム以外の核種については有効な処理技術がないものが多く存在し、今後それらが大量に長期にわたり放出されることによる環境への影響も楽観的に評価することはできない、ということを指摘している。


 福島核汚染水が福島原発事故で融解した原子炉の炉心と直接接触したもので、60種類以上の核種が含まれる。トリチウム以外にも有効性が認められる浄化技術がない核種が多数ある。そのうち、半減期の長い核種によって、 海流による拡散、そして生物濃縮が発生し、環境中の放射性核種の全体量の過剰増加を招きかねない。福島原発事故が今まで130万トン以上の核汚染水を形成しており、これほど莫大の量の、さらに成分が複雑である核汚染水の処理には前例がない。海洋放出が30年、ひいてはもっと長く続き、将来には新たな核汚染水の大量発生が予想される中、ALPSの有効性と完成度が第三者による評価を経てないため、装置の長期にわたる信憑性がまだまだ疑間が残っている。


 あと、上に引用した産経社説にある「海水で大幅に薄めて放出するので、生態系などへの影響は起きようがない」などというバカげた日本側の主張についても、中国の報道官氏はつぎのように批判している。


日本側が希釈で核汚染水の放射性物質の濃度を下げようとしているが、全放射性核種に対して全体量のコントロールを行わず、海洋放出の危害性を軽減化、隠蔽しようとしていることこそ、科学精神やプロフェショナリズムに背を向ける現れである。


 はい、ごもっともですね。としか言いようがない。

 毎日・朝日・読売・産経の8月26日の社説は、どれも日本政府の言い分に無批判に追従しながら、中国の主張は科学的根拠を欠いているなどと述べたてている。しかしその実、これら4紙の論説はすでに中国側から反論された主張をくり返しているにすぎない。いわば、中国からの反論が聞こえないふりをして、そのすでに反論ずみの日本政府の主張をワーワーわめきたてているにすぎないのだ。

 口先ではいさましく中国を罵倒する文句をつらねているが、しかしまったく中国に対し失礼なうえに内容において通用するはずもない主張を、国内の読者むけに書きたてている。一見したところ中国にむかってなにか言っているようにみえながら、実施のところは完全に内向きのパフォーマンスをしているにすぎない。これが、全国紙とよばれる4つの新聞が26日に発表した社説の質である。想像を絶する恥知らずぶりにあきれると同時に、なんとまあ読者もバカにされたものよね、とびっくりする。朝日新聞は「中国の居丈高な対応」などと書いてるけど、「居丈高」なのはどっちだろうね。

 朝日は「科学に基づいた協議の呼びかけに応じてこなかったのは中国の方だ」と書き、毎日は「日本政府は専門家による協議を呼びかけたが、中国は拒んできた。科学的に検証する必要があるなら応じるべきだろう」と書く。これも、この社説が書かれる前に先の中国の報道官によってとっくに反論済みの言説である。


 日本側のいわゆる中国側と協議したいという言い方から誠意が感じられない。今までバイやマルチの場で日本側と交流し、専門機関の意見や懸念を重ねて表明したにもかかわらず、中国側の立場を顧みず、規定のスケジュールで海洋放出をかたくなに進めている。もし日本側が今夏の放出開始を協議の前提として、自らの主張を中国側に押し付けようとするのなら、このような協議に実質な意義がないように思われる。もし本当に協議する誠意があるのなら、まず海洋放出計画を直ちに中止にし、それ以外あらゆる可能な対策を検討することや、利益関係者による独自のサンプリングと分析を容認することなど、確実に各方面の懸念を払拭するべきである。


 これまた、いちいちごもっともとしか言いようがないのではないか。

 「処理水」放出にはすでにさまざまな懸念が示されており、そのなかには「科学的な論拠に基づかない」(毎日)などと一蹴はできない懸念も、ふくまれているはずである。また、海洋放出以外のオプションも、指摘・提案されてきた。以下の引用も、上記リンク先の中国大使館報道官の声明から。


日本側が周辺近隣国など利益関係者と効果的な協議を経ず、一方的に海洋放出という誤った決定を下し、一方的にそれを発表するやり方は実際、海洋放出を唯一のオプションとして各国に押し付けようとしている。しかし、海洋放出は唯一のオプションでも、最も安全で、最善の対策でもない。海洋放出のほか、地層注入、水蒸気放出、水素放出と地下埋設などの対策が提起され、長期保存という方法を提案する専門家もいたにも関わらず、全部日本側に無視されてきた。


 これまでさまざまな懸念や代替案が示されてきたにもかかわらず、それらを検討したうえで反論ふくめて応えていくことをせず、聞こえないふりをして、海洋放出を強行した。これが日本政府と東京電力がたどった過程であり、これに追従して、やはり中国の示す懸念や代替案について聞こえないふりをして、日本政府の的はずれな中国批判をなぞってみせたのが、8月26日の全国紙4紙の社説である。

 さて、4紙の社説を読んでいてもうひとつ興味深いのは、それらがそろって、中国の禁輸の動機を矮小化しようと躍起になっているようにみえることである。つまり、中国が禁輸措置をとるのは、外交的な、あるいは貿易上の戦略からそうしているのだ、と。


[中国による禁輸措置は]巨大市場を武器に、貿易で他国に圧力をかける「経済的威圧」にも等しいふるまいだ。[朝日新聞]


先端半導体関連の輸出規制や台湾問題を巡り、日中関係がぎくしゃくする中、今回の禁輸を外交カードとして使っていると受け取られても仕方あるまい。[毎日新聞]


 台湾問題や半導体関連の輸出規制などで、米国と連携を強める日本に対し、揺さぶりをかけようとする意図がうかがえる。

 国際社会が中国に対して懸念している、貿易の制限で相手国に圧力をかける「経済的威圧」にほかならず、到底、容認できない。[読売新聞]


 理由は「中国の消費者の健康を守り、輸入食品の安全を確保するため」というが、不当な禁輸で日本の水産業に多大な経済的打撃を与える暴挙に他ならない。岸田文雄首相が即時撤廃を申し入れたのは当然だ。[産経新聞]


 これらの社説がなにを言いたいのか、あきらかだろう。中国は「中国の消費者の健康を守り、輸入食品の安全を確保するため」というけれど、それは表向きのタテマエにすぎず、ほんとうの動機はそこじゃないですよ、と。ほんとうは日本に圧力をかけ対抗していくための戦略的な手段として禁輸措置をとってるにすぎないんですよ、と。そう言いたいわけである。

 そのいっぽうで、核汚染水の海洋投棄をめぐって書かれたこの8月26日の朝日・毎日・読売・産経の社説において、環境や食の安全という観点はいっさい考慮されていない。4紙の社説のすみからすみまで読んでも、環境汚染や食の安全性という論点には、たったの一言の言及もないのである。

 放射性物質をふくんだ水を大量に長期間にわたって海に捨てるという話をしてるんですよ。なのに、禁輸措置や「風評被害」による漁業者の損失については語られても、環境破壊や水産物の汚染、人間の健康被害についての懸念はひとっこともふれられない。4つの新聞の社説をぜんぶ読んでも、まるで語られない。

 これらの社説の書きぶりには、二重の意味でおどろくべき無関心がおおっている。1つには、人間の健康や生命への無関心。私たちの健康や生命にダイレクトにかかわる環境や食品の問題なのに、そこについての言及がいっさいない。

 第2に、さきにみてきたように、他者がなにを考え、どのような理由から日本政府の措置に反対しているのか、そのことにまったく関心をはらおうとしない。相手の反論を無視し、聞こえないふりをしながら、しかし中国の措置は不当であると見当はずれな主張を書きたてている。見当はずれな主張になるのも当然である。だって、すでになされている相手の反論をぜんぜんふまえようとしない、聞こうともしないわけだから。

 この二重の無関心のなかで、中国なるものへの敵対心だけがどんどんあおられている。たいへんに不気味でおそろしい状況だと思う。


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 汚染水の海洋放出について、この間、オンライン上で読んだ記事で、勉強になったもの、参考になったものをリンクしておきます。


IAEA報告書は「処理水の海洋放出」を承認していない。中国を「非科学的」と切り捨てる日本の傲慢 | Business Insider Japan(Jul. 28, 2023, 07:15 AM)

議論再燃。「処理水海洋放出」は何がまずいのか? 科学的ファクトに基づき論点を整理する | ハーバー・ビジネス・オンライン(2019.09.27)

原発処理水放出、問題は科学データではなく東電の体質|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト(2023年08月25日(金)22時05分)

【Q&A】ALPS処理汚染水、押さえておきたい14のポイント | 国際環境NGO FoE Japan(2023年8月1日作成 2023年8月21日更新)