2022年4月10日

ウクライナ「避難民」を利用した改悪入管法案再提出の動きについて

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 昨年5月に廃案になった改悪入管法案について、夏の参議院選挙後に再提出しようという動きがあるようです。以下、報道から引用します。


 今回の避難民は自ら来日を希望した人たちだが、受け入れる側の日本では戦争の危険にさらされて逃れてきた人たちを想定して在留資格を与える仕組みが整備されていない。実は、そうした人たちを対象に、政府が2021年に国会に提出した入管法改正案には、人種や宗教、国籍、政治的問題で迫害を受ける恐れがある「難民」に準じ、「補完的保護対象者」として保護する規定を盛り込んでいたが、廃案となった。

受け入れ先とマッチ未知数 求められる個別支援 ウクライナ避難民 | 毎日新聞 2022/4/5 21:29(最終更新 4/5 21:30)


 政府は、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえ、難民条約上の狭義の「難民」に該当しない紛争避難者らを、「準難民」として保護する制度の創設を急ぐ方針だ。昨年廃案になった入管難民法改正案に盛り込まれており、夏の参院選後に想定される臨時国会での再提出を目指す。

 同条約は、難民について「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員、政治的意見」を理由に「迫害」を受ける恐れがある外国人と定義。日本政府はこれに照らし、国家間の紛争から逃れた人は、条約上の「難民」に当たらないと解釈する立場だ。今回のケースも「避難民」と表現している。

 改正案は、紛争避難者を「補完的保護」の対象とし、難民に準じた扱いを可能にする制度の創設が柱の一つだった。欧州各国にも同様の仕組みがあり、認定されれば、定住資格など手厚い保護を受けられる。

「準難民」制度の創設目指す 入管法改正案、今秋にも再提出―政府:時事ドットコム 2022年04月07日07時05分


 入管庁のリークした情報をそのまま報道しているということでしょうが、ほとんどデマと言ってよいような内容をふくんでいます。


 この両記事では、

  • 現行の入管法ではウクライナ「避難民」に在留資格を与えて保護するのに必要な枠組みが整備されていない
  • 昨年、野党と世論の強い反対で廃案になった入管法改定案にはウクライナ「避難民」のような紛争避難者を「準難民」として保護する「補完的保護」の制度がもりこまれていた

ということが述べられています。


 つまりは、昨年の政府法案が通っていれば「避難民」を保護できたのに、野党が廃案に追い込んだためにそれができなくなったというわけです。だから、あらためて入管法を再提出するのだ、と。


 しかし、戦争避難者の保護に入管法の改定が必要とは思えません。現行法のもとでも、難民認定審査の過程で、難民として認定するかどうかとはべつに、人道上の配慮として在留をみとめるかどうかという判断はなされているからです。難民としては認定しないけれど在留特別許可を出すということはできるし、入管は現にそれを(十分といえるかどうかはべつにして)おこなってはいるわけです。かりに戦争避難者を難民とみなさないのだとしても、在留資格を与えて保護することは可能です。わざわざあらたな制度を作らなければならない理由はありません。


 そもそも在留資格を与えるということに関して、入管という役所はきわめて大きな裁量をもたされています。この点で現行の入管法が支障になるわけがないのです。


 裁量の大きさを示す格好の事例が過去にあります。難民の受け入れではありませんが、日系人労働者の「受け入れ」です。1990年以降、ブラジルやペルーなどからたくさんの日系人が来日しています。言うまでもなく、労働力を必要とした日本が呼び込んだわけです。非正規滞在外国人の代理人を多くつとめてきた弁護士の著書から引用します。


  ……1990年、法務省は、日系3世や非日系人である2世や3世の家族が、同年施行の法改正で新設された就労に制限がない「定住者」という在留資格に該当するとの解釈を明らかにする告示(「出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の規定にもとづき同法別表第二の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」平成2年5月24日法務省告示第132号)を出した。そして、同じく法改正で導入された在留資格認定証明書制度と相まって、日系人やその家族が就労目的で広く来日できるようになった。

 すると、多くの人材派遣業者(コントラティスタ)が、ブラジルやペルー、ボリビアのアヘンシア(航空券の手配や日本のコントラティスタとの契約手続きをしてくれる業者)、日本への出稼ぎを熱望する日系人はもちろん、それまで「日系人」であることを特に意識もしなかった人びとまで巻きこんで、戸籍その他の必要な書類を用意して、日本に迎え入れた。……

ななころびやおき著『ブエノス・ディアス、ニッポン 外国人が生きるもうひとつのニッポン』(ラティーナ、2005年)


 「定住者」というのは、就労可能な在留資格で、かつその就労の内容に制限がありません。たとえば、「技能」という就労系の在留資格で調理師として働くひとは、他の職種に転職したり失業したりすると在留資格をうしないかねませんが、「定住者」の場合、そうした条件がないので比較的安定した在留資格と言えます。


 で、このとき日系人の3世らに「定住者」の在留資格を出せるようにしたのは、上の引用にあるように、法の解釈でやったわけです。


 1990年、およそ30年前になりますが、日本政府がこうして法解釈によって日系人を労働者として呼び込めるようにした背景には、いわゆる「単純労働」をになう外国人労働者を呼び込めるようにしてほしいという財界からの要望・圧力がありました。バブル期で「3K」(「きつい」「きたない」「危険」)と呼ばれた職場を日本人の若い労働者が敬遠したということもありました。すでに80年代から、そうした職場をイランやパキスタン、バングラデシュなどの出身の非正規滞在の外国人労働者がささえていたという状況があったのですが、人手不足に悩む業界から、外国人労働者を正規に受け入れられるように制度作りをしてほしいという声は大きかったのです。


 ところが、日本政府は、就労を目的とする外国人の「受け入れ」は、「専門的な知識,技術,技能を有する外国人」に限定するという建前を、2018年の入管法改定(在留資格「特定技能」の新設)までとってきました。つまり、専門の技術職ではない工場労働者などを外国から「受け入れ」るための在留資格は用意されていない。そこで、「定住者」という就労にしばりのない在留資格に日系人3世らがあてはまりますよという法解釈を大臣が「告示」というかたちで出すことで、この人たちを呼び込めるようにしたわけです。


 在留資格を与えるということに関しては、このように入管の胸先三寸で「なんでもできる」「なんとでもなる」と言っても過言でないのが、日本の在留資格制度であるわけです。


 戦争避難者に在留資格を与えて保護するのに入管法を変える必要がある? うそっぱちもいいとこです。そんなこと、法解釈でいくらでもできるじゃないですか。「定住者」の在留資格を出せばよいのですよ。入管が入管法を変えたいのは、べつの意図があると考えるべきです。


 入管の役人が「現行法では〇〇ができないから、法改正が必要」(「〇〇」にはほとんどの人が賛成するようなよいことが入る)などと言ったら、その言葉はよくよく疑って聞いたほうがよいでしょう。入管法を変える必要があるとすれば、それは入管をしばる仕組みを作って外国人の人権が保障されるようにするという方向での改正以外にありえません。で、入管の裁量・権限をせばめるような法改正の必要性を入管の役人自身が言い出すとは考えられませんから、そこは入管に批判的な世論をつくっていくことでしか実現できないだろうと思います。


 以上、いわゆる「戦争避難民」に在留資格を出して保護するうえで入管法改定が必要だというのはウソだということを述べてきましたが、今回のウクライナ「避難民」の保護を口実にした政府や入管当局の言い分のウソは、これにとどまりません。つぎの記事が私の知らなかったことも指摘・解説されていて、勉強になりました。


ウクライナ侵攻から考える、日本の難民受け入れの課題とは? | Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル) 安田 菜津紀 2022.3.10

ウクライナ難民受入に、「入管法政府案」再提出は必要なのか? 高橋済弁護士インタビュー | Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル) 安田 菜津紀 2022.4.8


 ひとつめの記事は、紛争から避難してきた人も「難民」と定義しうるということ、紛争からの避難者を「難民」ではなく「避難民」とする日本政府の理解は難民条約解釈の国際的スタンダードから乖離していることが指摘されています。入管法を変えなくても、ウクライナから逃れてくるひとを「難民」と認定して保護することは可能であるということになります。


 ふたつめの記事では、そもそも昨年廃案になった政府法案の「補完的保護」では、今回のウクライナ避難民は保護できないということが指摘されています。


 それにしても、戦争から逃げてくる人たちを利用して法案再提出にむけての世論づくりをしようとし、しかもその内容がウソ八百という、法務省の役人どもの恥知らずぶりはびっくりするほかありません。