2021年9月19日

「不法残留」の通報は、人命や感染症対策よりも重要なのですか?


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 新型コロナにかかって自分で救急車を呼んだ外国籍の方が、オーバーステイであることが「判明」し、病院を退院後に逮捕されたということが報道されている。兵庫県での事例だ。


新型コロナで療養中に不法残留が判明 スリランカ人の男、中等症で入院 退院後に逮捕|事件・事故|神戸新聞NEXT(2021/9/18 18:20)


 この人がオーバーステイであることを、どういう経緯で警察が知ることになったのか、報道からはわからない。だれかが警察か入管に通報したのだろう。だれが通報したのか知らないが、そういうことはやめてほしい。


 ここで報道されているような出来事があると、オーバーステイ状態にある人は、「摘発」を覚悟しないと救急車を呼んだり病院に行ったりできなくなってしまう。今回の報道されているケースでどうだったのかは不明だが、病院や保健所、消防署の職員が警察や入管に通報することがありうるのだということになれば、オーバーステイの人たちは、深刻な体調不良があっても医療にかかることをますますためらうようになるだろう。


 入管庁の公表している資料によると、2020年1月時点での「不法残留者」数は8万人強。法務省や入管・警察などがわざわざ「不法」という言葉をくっつけて否定的な印象づけをしているけれど、たんに入管に許可された在留期間をこえて在留しているということにすぎない。すくなくとも、本人が治療を求めてきたところを警察や入管に通報して逮捕させなければならないような緊急の必要性などまったくない。それどころか、通報することによって、上に述べたように、本人だけでなく他のオーバーステイ状態にある人たちの命も危険にさらすことになる。ましてや、感染した疑いがあってもこわくて病院に行けないような状況を作ってしまうことは、防疫、あるいは感染症対策としても愚策中の愚策と言うべきだろう。


 あるいは、「違反」は「違反」なのだから、しかるべき機関に通報するのは当然じゃないかと考えるむきもあるのかもしれない。しかし、そう考えるのだとしても、まっさきに優先すべきことがそれなのか、よく考えてほしい。治療の必要な人を治療することや、感染症が広がらないように対策することをむずかしくしてまで、オーバーステイを通報することが大事なのですか、と。





 さて、ここから先で書くことは、余談といえば余談なのですが、広く知られてほしいなあと思う情報です。


https://www.mhlw.go.jp/content/000798935.pdf


 リンクしたのは、厚生労働省のサイトで公表されている「新型コロナウイルス感染症対策を行うに当たっての出入国管理及び難民認定法第62条第2項に基づく通報義務の取扱いについて」という文書です。厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部というところが、各地方自治体にむけて今年の6月28日に「事務連絡」として出したものです。


 入管法はその第62条第2項で、公務員の通報義務というものをさだめています。オーバーステイなど退去強制の対象になる外国人をみつけたら通報せよというものです。これはあくまでも原則です。


 いっぽうで、この原則に対して例外もあるよ、ということを法務省入管(当時)は2003年の通知で示しています。つまり、通報することで行政目的が達成できなくなるような場合は、通報しなくてもよいですよ、としているわけです。たとえば、市役所にDV(ドメスティック・バイオレンス)の被害を相談に来た人や、国公立の病院に来た患者を、「不法残留」だからといっていちいち入管に通報していたら、オーバーステイなどの人は安心して市役所や病院に来れなくなってしまいます。役所などにとっては、被害者の保護や患者への医療提供といった行政目的を達せられなくなってしまう。そういった場合は通報しなくてもよいです、通報義務の例外としますよ、と入管も言ってるのです。


 上のリンク先の文書は、新型コロナウイルスにおいても、公務員の通報義務の例外にあたるので、オーバーステイなどの人を見つけても通報しなくてよいということを、厚労省がわざわざ示したものです。しかも、入管法のさだめる通報義務は公務員に課されたものだから、民間病院の職員にはそもそも通報義務なんてないですからねということまで、いちいち書きそえられています。


 国でさえ、新型コロナウイルスについて、このように言ってるのです。最初に述べた兵庫県の事例では、だれが通報したのかわかりませんが(通報者が公務員なのかそうでないのかもふくめ)、通報は正しい選択ではなかったと断言できるのではないでしょうか。